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zoom RSS 三島由紀夫の内的風景

<<   作成日時 : 2007/08/19 17:12   >>

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 2007年8月19日
 第12回

 「荒野」からの声  (その11)

「荒野」であれ、「都会」であれ、究極まで突き詰めると、両者ともに幻影であり無であることが、動かしようのないこの世界の実相なら、最後は、自らの本源の姿をそのまま受け入れた(「又いつか再び、訪れなければならぬことを知ってゐる」)あの「荒野」に立ち返り、「荒野」の行き着く果ての無と消滅に完璧に合一し、その中へ自らの手で自らの存在を葬ってやろう。自分で選んだ一番好ましいと思う若い男と共に。「楯の会」の好ましい若者たちの手も借りながら。それが自分で選んだ生の総体に決着をつける最上で唯一の方法なのだから・・・。
 『荒野より』の中で、三島は、「私にとっては「憑(つ)かれる」といふことと、論理的一貫性とが、同義語だったからである。そして論理的一貫性は、無限に非現実的になり得るけれども、それは又、狂気からも無限に遠いのである。」と書いた。
 おおよそ四年後に決行された自決を予告しているかのような感さえ受ける記述だ。「憑かれ」て「非現実的」に見えるが、「狂気から無限に遠い」行為を、「芸術作品の秩序によく似た論理的一貫性」のもとに三島は実行した。
 『荒野より』は、「本当のこと」の一番肝心な内実を完璧に封印した上で、それ以外の点では、総て本当のことが語られている作品である。無論、そのことは当の作者が書きつつ充分意識していただろう。こういう形でしか、三島は本当のことを明らかにすることはできなかったし、こういう形だからこそ、ここまで真率で克明に表現できたのだ。 

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