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zoom RSS 《伏見憲明小説園》を歩く

<<   作成日時 : 2011/09/19 01:22   >>

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(その4) (最終回)
画像伏見憲明(ふしみ・のりあき)氏(1963〜)の最新の小説第四作『百年の憂鬱』(「すばる」2011年9月号)は、「起承転結」の「結」に違(たが)わず、これまでの作品群の集大成的な趣(おもむき)がある。本ブログのタイトル<園>に重ね合わせると、第一作の本道や第二作の脇道、第三作の隠れ道を歩き、第一作より一回り道幅の広がった本道に戻った感がする。
 語り手は第一作の「僕」に代えて、同じ一人称の「私」だが、「元来、私小説家ともいうべき私には」(P.40)という「私」の独白にもうかがえるが、本作は第一作以上に作者と「私」の距離は接近しているようだ。とは言え、例えば細部ではさりげなく距離を置くことで、作者としての自由にも留意している風だ。
 「私」は47歳だが、作家のかたわら、友人が新宿二丁目で経営しているバーの休日を借り、水曜日にマスターの仕事をしている。そのバーにやってきたのが、20歳のユアン。彼は母親が日本人で父親は白人。ニューヨーク出身。現在は湘南に住み、神奈川県の大学に通っている。「私」とユアンは程なく恋仲になり、ユアンは「私」のバーでアルバイトもするようになる。
 この辺りはそのままの事実だろうと思う。実は私(荻崎)も水曜日にこのバーを何度か訪れたことがある。本作を最初だったか、二度目だったか読み終えてかなり日数が経った後、そういえばユアン君らしき人物がいたなと思い当たった。
 <自然な日本語だね>と私が話しかけたことをきっかけに、彼とふたこと、みこと、言葉を交わした。本作を読んだことで、後から偽造された記憶ではないと思うが(笑)・・・。
 本作のもう一人の主要な登場人物が松川さんだ。彼は明治42(1909)年生まれで99歳の高齢だが、昭和26(1951)年に新宿(伊勢丹裏に当たる地)でゲイバーを開き、現在の新宿二丁目の発展の草分けとなった人物だ。(作中の言によれば、彼は30年間、従って昭和56<1981>年、72歳頃までのこのバーを続けたことになる)。
「私」は「新宿二丁目誕生の物語」を書くために、長い歳月、松川さんの元に足を運んでいる。
 ちなみに本作の結末近く、松川さんは100歳の誕生日を過ぎた数日後亡くなる。本作の表題に使われている「百年」はここからきている。
 (コロンビアの小説家ガルシア・マルケス<1928〜>の『百年の孤独』も、或いは作者の念頭にあったかもしれない)
 上記の三人ほど実際に登場する場面は多くはないが、もう一人の重要な人物が忠士だ。彼は「私」より2歳年下だが、「私」が20代で出会った以来の連れ合いだ。忠士は仕事の関係で海外での生活が長く、今は香港で働いている。
 「たぶん、忠士と出会ってなかったら、私は今日まで生き延びることも叶わなかった」(P.58)と「私」が述懐するほど、彼は「私」には大事な男だ。「どちらかが先に亡くなるときには遺されるほうが死に水をとる約束」もしている。

 作品の現在時は、「私」とユアンの出会いから別れまでを主としたおおよそ一年だが、松川さんの生涯の100年、彼が新宿にバーを開いて以降に限っても60年程(彼のバーには(その3)でもふれた三島由起夫<1925〜1970)と思しい人物も姿を見せた)、加えて「私」と忠士が付き合った20年などいくつもの時間の層が並行するように流れている。
 そうした時間を背景に、大きく捉えると、「私」とユアンの交情と「私」と松川さんとの交流(途中からユアンも加わるが)の場面が交互に展開する。
 ユアンはなかなか鋭利な感覚の持ち主だ。「私」の著書を読み、「武士の志みたいな熱量」があると、「私」の琴線に触れる指摘をする。それを受け、「私」は自分の書くものの根っこの部分には義の精神が染みついていると返す。「私」も言及しているが、日本人である私(荻崎)も、正直そうした事柄を取り立てて感じたことはなかった。(読んだ範囲が足りなかったという面が仮にあるにしても)。
 本作の中に用いられている、「眉雪」(P.33)というこれまで私の知らなかった言葉が目に留まった。「びせつ」と読み、辞書によると、雪のように白い眉毛を言い、老人の形容ということだ。なかなか味のある漢語だと思う。この語を教えられたこととも関連し、「義の精神」という、「私」(作者)の有する一見古風な感性と言葉の出所や来歴に改めて興味を覚えた。
 「世知辛い人生にも一つだけ信じられるものがあれば、死ぬまではこの世界にいてもいい、と私に思わせたのが忠士との出会いだったのだから」(P.78)と「私」は真情を吐露している。「私」と忠士をつなぐものも「義の精神」と言えるかもしれない。それがユアンを嫉妬させ、深く傷つけ、憔悴させる。それが最後にユアンが「私」から去っていく主因とも言えるだろう。「義の精神」は、殊(こと)に「私」にとって、言わば諸刃(もろは)の剣(つるぎ)だ。
 「私」の松川さんとの長年にわたる付き合いも、動機や思惑はともあれ、「義の精神」の発露とも考えられる。

 作中、「私」が大久保駅周辺のアパートに住む松川さんを、苦労の末探し当てる場面がある。1990年代のことだ。私自身、2007年と2010年のともに10月、円谷順一(えんや・じゅんいち)(通称 大阪のおっちゃん)(1971<昭和46>年死去。享年54歳)に関する件で大阪のあちこちを探し歩いたことを思い起こした。その経験からも、ゲイに関わる人物などを探す苦労が私なりに分かる。
松川さんにたどり着いた後の長い年月にわたる交流は、到底私の及ぶところではないが・・・。
(当ブログの<「円谷順一」探訪行>(その1)〜(その6)を参照してください)

 松川さんが40代の頃、5年ほど一緒に暮らした周平は色っぽい。当時、彼は松川さんの店を手伝っていた。その後、彼は群馬の実家に帰り、結婚し、農業に従事していた。30年近く経ったころ、その彼が80歳近くなった松川さんの元を突然訪れる場面がある。
 周平は50代になっていたが、「農業で日焼けした顔には精悍さがまだ残って」いる。
私は松川さんと一緒に暮らしていた若いころより、この時の周平の方に一段と色情を掻き立てられる(笑)。日々の労働で体も締まり、渋いいい顔だったに違いない。その意味では、周平は私には本作中随一の男だ(笑)。 松川さんにとっては周平との再会は不本意な結果になってしまったが。
 それにしても松川さんは、一筋縄ではいかないながら頑強な人物だ。同性愛を世間一般が冷え冷えと敵視する時代の中で、ゲイバーや新宿二丁目の開拓者(パイオニア)的な存在として長年仕事を続け、引退し、100歳に到達する。それにもかかわらず、同性愛者としての自己を最後まで受け入れようとしない。伸(の)し掛かってくる時代と世間を逆手に取ってしぶとく生き続ける、生来の素(す)の体と意志の頑健さがあったのだろう。そうした頑強さに、「私」の側に感応するところも加わって、いつしか長い付き合いになったのかもしれない。

 作品の終局の光景は、一種異様とも言えるくらい露(あら)わで真に迫っている。アメリカに帰国するユアンを見送るために来た空港で、「私」はユアンから別れを告げられる。その時の「私」のこれほどすさまじいうろたえ振りや激昂(げきこう)を、「私」本人同様、読み手の私も予測しなかった。
 本作の冒頭が、同じ空港(恐らく)でユアンが別れを告げる場面だと考えると、ユアンとの別れが「私」にとって大きな意味を持っていることはそれなりには推測できたのだが。
 もうこの先、ユアンに匹敵するほどの若い男はおろか、恋情を傾けてくれる、或いは「私」が傾けることができる相手など二度と現れないのではないか・・・。
 松川さんを100年も取り巻いていた憂鬱の霧が、「私」にも一段と濃く立ち籠め、いっこうに晴れることなくもうもうと立ち籠めるその先には、空無や消滅や死がちらちら垣間見える。
 濃い霧を束の間であれ晴らしてくれる、欲情のおもむくままに絡み合ってくれる相手だってそうたやすく得られる訳ではないのだ。この先の長い半生を、恋からも、仮に錯覚にしろ、この世の生死とは別の領土にふっと連れて行ってくれそうな欲情の解き放ちからも見放されたまま、ますます濃くなる憂鬱の霧の中を歩いて行くしかないのか・・・。
 忠士に会いに行こうと思い立ったのは、多分、自身の内でそう発語するよりずっと前の、空港の道ばたに「私」がへたり込んで直ぐだろう。「私」にとって忠士は、立ち籠める霧の海の中で立ち寄れる港にも似た存在だろう。ただ、忠士に会うことで一時(いっとき)の安らぎが得られることは分かっても、別れて帰れば、濃くなる一方の霧の中を一人歩いて行かなければならないことも「私」にはよく見えているに違いない。

 私が感じ取る色調や風合いを言葉にすると、第一作と第三作が濃度の違いはあれ「凄(すご)み」、第二作が「哀しみ」だったのに対し、本作は「苦(にが)み」だ。
 次作は「渋み」の予感がするが、私のそんな先走った浅はかな予感をあっさり覆(くつがえ)した作品、仮に「渋み」にしても私の推測より何倍も渋い作品が出現
する日を待とうと思う。  (了)

(2011.9.19)

 
 
 

 
 

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