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zoom RSS 田中慎弥(たなか・しんや)著『共喰い』を食(は)む

<<   作成日時 : 2012/07/12 15:39   >>

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(その3)
私自身の体験になる。もう何十年も過去のことだが、その頃関係していた年上の男に交合のさなか、それ程強くはなかったが、一度いきなり頬を張られたことがある。私はややむっとした。男は「それなら、別れようか」と言い、更に「おまえが余り俺のものだというから・・・」と付け加えた。
特に怒りを覚えたというほどではなかったが、叩くなら前もって伝えてくれればいいのに、と思ったことを覚えている(笑)。その後は男が私を叩いたりすることはなかった。それから何年くらい経った頃だったか、京都の祇園にあった宿屋でその男と交わったことがあった。立ったまま後ろから掘られていた時、くらくらっと途方もない快感に浸(ひた)され、何かこの世とは異なる所へ攫(さら)われたふうな感覚に包まれた。と同時にううっと思わず上げられた私の右手が空(くう)を包むように震えた。後にも先にも交合の中で私が味わった最高度の快感だった。
それからまたどのくらい経った頃か、当時その男が住んでいた大阪のアパートで交わった時、やはり立った形で後ろから掘ろうとしながら、「麻薬だ・・・」と男が言った。そうか彼はあの祇園の宿でのことを覚えていて、そう言ったのか、と何カ月か何年か経った後、私は思い当った。それか何年か後、この男との関係はすべて終わった。

話を本作品に戻すが、円の「暴力」とSMとはどう関わるのだろう。心情的な側面は別にすると、サディズムにしろマゾヒズムにしろ現に縛ったり鞭打ったり吊り下げたりというような行為を伴うものに、私は正直ほとんど縁がないので、余り説得力のあることは言えないかもしれない。ただ、本来、SMの行為はあくまで両者の合意や了解を前提にした上で、しかもそうすることで両者の快感が一層高まり、つながりがより濃く深くなるからこそ行われるものだろう。しかも実際に相手に傷を負わせたり怪我をさせたりすることは、細心の注意を払い避けるだろう。
円の側にはS的な行為や心情と相当程度重なる部分があったとも考えられる。一方、相手の女たち、中でも琴子や売春する女がM的な心情と無縁だったとは言えないにしても、仁子を含め合意の上で円の暴力を許していたのではないことは明らかだろう。そう考えると、円と女たちの交わりはいわゆるSMの領域とはやはり別だろうと私は思う。

私が『共喰い』を当ブログで取り上げようと考えた二番目の理由は、本作の舞台のように、地域のつながりや風土色の強く濃い地方の狭い土地で生まれ暮らしているゲイ(男性同性愛者)の男たちは、きっと息苦しく生きづらい思いで日々を送っているだろうなと思うからだ。当ブログの「風土の中の男の裸」でも触れているが。
その点は幸いだろうが、遠馬はゲイではなかったために、そうした生きにくさは経験しなくて済んだだろう。川辺(かわべ)と呼ばれているこの地域は、一切合財、生活のあらゆる細部にまで、異性愛の「法則」が貫き、そのことに違和感を覚える人間がいるなどと到底思いも寄らないふうだ。遠馬と千種の仲を囃(はや)したり時に手助けしたりもする小学生の子供たちにもそれは染み渡っている。
しかし、現実には,例えば、一緒に囃している男の子たちの中にも、本当は女の子ではなく同性の男の子に欲望を感じていて、そのことをどう受け止めればいいのか分からないでいる子もいるだろう。又、遠馬と同級の男子高校生の中にも、表には出すことができないままに、密かに周囲の男子生徒の誰かに対して激しい恋情を燃やしている者も必ずいるに違いない。
私がかつて目にした、こうした事柄を扱った心理学などの書物の中には、このような欲望や心情は思春期特有の一過性のものであって、成人になるとともに異性愛に移行する、というたぐいの紋切り型で能天気なことが書かれているものがよくあった。現実には、私自身がそうであるように、生涯担(にな)い続けるものなのだが。
川辺で暮らすゲイという性的指向を背負った若者たちは、やがて例えば高校の卒業を契機に、進学にしろ就職にしろ郷里を離れ、大都会の中に身を置くことで、やっと楽に息を付き、抑えに抑えていた己の欲情を少しでも解放できる場や相手を探すために行動を起こすようになるだろう。抜け出す時機を失った大人たちの中には、すでに家庭を持っている者でさえ、例えば一緒に祭りの準備をした翌日、思い余って蒸発するふうに郷里を去る者もいるかもしれない。周囲の者たちは出奔の理由が分からいままに、ただ悪口雑言を浴びせることになるだろう。

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