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zoom RSS 幕末、明治期の日本人の男の裸のいとおしさ

<<   作成日時 : 2013/07/18 17:10   >>

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(その3) (最終回)
 明治期の日本と周辺の国々の政情などを描いた風刺画で知られる、フランス人の画家ジョルジュ・ビゴ―(1860《万延元》年〜1927《昭和2》年)は1882《明治15》年22歳で来日し、1899《明治32》年(39歳)に帰国したという。17年ほどとかなり長期間滞在したことになる。
2002(平成14)年の9月から10月にかけて「来日120年記念 明治の面影 フランス人画家ビゴ―の世界」と題して川崎市市民ミュージアムで行われた展覧会を私(荻崎)は観た。画面左上の画像は、会場でも見たが、その時に購入した図録に載っている中で、私が一番気に入った作品だ。ただし、画像は実作のほぼ左半分。
 「稲毛海岸 油彩(布) 45×90cm 帰国後の明治36年、サロンに出品して初入選した作品。滞日期の油彩画と違い、描法や色彩に印象派の影響が感じられ、・・・今は埋め立てられて2キロメートル先に移動してしまった海岸の全体像を彩色で記録している。左上の鳥居は現存している」と解説がある。
 帰国してフランスで描いた作品だとわかる。右手の、手ぬぐいだろう頬被りをし、白の褌姿の男の、どこか剽軽(ひょうきん)そうな愛嬌のある顔立ちと風姿が私には好ましい。締まった総身を真新しそうな褌が涼やかに引き立てている。
  同展覧会の展示企画と執筆担当の一人でもある、清水勲著『ビゴ―が見た日本人 風刺画に描かれた明治』(講談社学術文庫)(2001年9月第一刷)にもこの作品は取り上げられ、その中に「稲毛海岸はビゴ―のアトリエがあったところである」という指摘がある。(P.36)。
 ちなみに、『稲毛海岸』は上記の図録では、日本漫画資料館所蔵と記され、『ビゴ―が見た日本人 風刺画に・・・』の中では清水勲所蔵と書かれている。恐らく、日本漫画資料館は清水氏本人が運営しているのだろうと思う。
 
 今年(2013年)の5月下旬、私は稲毛海岸に行った。始めてだった。全体が海浜公園になっていて、予想したよりはるかに広大な所だった。ひょっとすると作品の中に描かれた鳥居は見られるのかと思ったが、海岸に近い千葉市立の「稲毛記念館」で聞くと、別の場所に移されたという。同記念館にはビゴ―に関連した絵画だったか何かがあると、これも何かで読んだおぼろげな記憶があって聞いたところ、特にビゴー関連の絵画、資料などはないとのことだった。
 乏しい知識ながら、稲毛海岸は発展場(ハッテンバ)だということも頭にあって、おのずからそんな目でも辺りを眺めた。海辺とそれに沿う木々などが茂る途轍もなく広い一帯。何も知らない私は、どこを目安にして男たちが出会うのだろうと思うことしきりだった。
 左上段のビゴー画中の、あのどこか可愛げがあって剽軽そうな男に似た男が、褌姿ではないまでもひょっと現れるのではと期待しない訳ではなかったものの、いくら稲毛海岸といっても、そんなまさに絵に描いたような出合いはあるはずもなかった。残念(笑)。
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 画面左下段の作品は、やはり上記図録に載るもの。同展覧会でも目にした思う。「熱海の漁師小屋 油彩(布) 17×28p 明治20年夏の熱海滞在中に描いた小品油彩画の一つ。・・・ヘルメット姿のビゴ―が見える・・・」と記述されている。
着物を着て、白いヘルメットをかぶり、杖を手にしているのがビゴ―自身ということになる。 私の目がいくのは、言うまでもなく、右下の陽に焼けた白い褌姿の男だ。地面にじかに座っているのか、それとも筵(むしろ)のようなものを敷いているのか、ともかく、腰を下ろしているために尻の形が一段と幅広に引き締まって見える。両の尻たぶを両手できつめに挟んだら、堪(こた)えられない旨(うま)さだろう・・・。
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画面右手の上下の画像はともに上記『ビゴ―が見た日本人 風刺画に描かれた明治』(講談社学術文庫)に掲載されているものを撮った。(P.93とP.95)。また、清水勲編『続ビゴ― 日本素描集』(岩波文庫)(1992年11月第1刷)にも両方が載っている。
 どちらか一方の画像だけでいいかなとも考えたが、両者相応に捨てがたく、上下に並べることにした。上には、「ふんどし―股間への送風」、下には「ふんどし―ダンディーな男」と見出しが付けられている(講談社学術文庫)。
画像 また岩波文庫版には、上に「猛暑の頃」、下には「暑さを気づかう人に推薦するシンプルで軽い夏の下着」という説明がある。更に上下ともビゴーが刊行した雑誌『日本人の生活』[第2次](明治31年刊)に掲載されたとわかる。岩波文庫版によると、上は第2号、下は第1号とあるから、下のほうが少し早く描かれたかもしれない。
「こんな格好は、明治にはいたるところで見られたから日本人画家の描写のテーマにならなかった。外国人でなくては気がつかない珍妙さだったのだ」(岩波文庫《P.28》。講談社学術文庫にもほぼ同文《P.92》)と清水氏も指摘しているように、ビゴ―という外国から来た人間の目があったからこそ描き残され、今、我々がこうして目にすることができるのだろう。
 恐らく、当時の文明開化の風潮の中では、こうした風体は多くの日本人の目には、遅れた恥ずかしいもの、否定すべきものであって、まして残すべきではないものとして捉えられたのではと私は推測する。
それはともかく、私にはともに褌姿の「珍妙」な男たちの、取り分け上の、歩きながらゆるんだ褌に団扇(うちわ)で風を送っている男が、顔は分からないのにひどくいとおしい。左上段画面の、頬被りをした男と共通する剽軽な色っぽさが伝わってくる。下の男は、顔付きは取り立てて好みというわけではないが、尻がぐいと大きめに盛り上がっているところを買う(笑)。

 (その1)から今回の(その3)まで通し、掲載した画像の男たちはすべて褌姿という結果になった。幕末から明治期にかけては殊(こと)に(恐らくそれ以前の時代も含め)、日本人の男たちの裸の姿形には、褌が格段に映えたのだろう。
(その3)でも触れたが、来日した欧米人の目があったからこそ、そうした日本人の男たちの姿が描かれ撮影され保存されたという面は大いにあると思う。ともあれ、その時代の日本人の男たちの有るがままの裸を、今、こうして見ることができるのはありがたくうれしいことだ。

(2013.7.18)












 

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