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zoom RSS 高橋睦郎著『善の遍歴』からの眺望(ちょうぼう)

<<   作成日時 : 2015/01/18 18:24   >>

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画像高橋睦郎(たかはし・むつお)(1937《昭和12》年〜)の、『十二の遠景』(1970《昭和45》年 中央公論社)、『聖三角形』(1972《昭和47》年 新潮社)に次ぐ三番目の小説『善の遍歴』は、最初は、文芸誌「海」(中央公論社刊 現在は廃刊)に、1973《昭和48》年5月号から1974《昭和49》年5月号まで、12回に渡って掲載された。(1973年10月号は休載したようだ)
(ちなみに、これらについて私は国会図書館で確認したのだが、刊行後40年以上も経った雑誌ということもあり、劣化を防ぐため現物を見ることはできない形になっていて、同館のパソコンの画面でしか確認できなかった。右下の表紙の画像も同館で印刷したもの。「新連載」と書かれている)画像
 一冊にまとめて刊行されたのは、1974年11月(新潮社)だった。(左上の画像参照。装画は横尾忠則)(最初に連載された出版社とは異なったのは、何か事情があったのかもしれない)
当時、連載され始めた『海』の、何年の何月号かは覚えていないが、おそらく割に早い号を、私は読んだ記憶がある。(もう42年ほども昔になり、1945年生まれの私(荻崎)が20代の終りの頃だ。また、その号を購入して読んだのか、図書館などで借りて読んだのかも覚えていない)
 読み終えた私に、ある種の違和感が生じたのを今でも覚えている。それまでに読んでいた『十二の遠景』や『聖三角形』、更に『高橋睦郎詩集』(1969《昭和44》年 思潮社)などから受け取った、艶(つや)や匂いや響きなど、なにかしら質量のある物質感を伴った言葉の連なり(濃厚で紛れもない同性愛性(gay sexuality)を背景にした)に深く惹(ひ)かれていた私にとって、その号に書かれているのは、総じてなめらかにはなったものの、どこかしら無味で無機的な、異質な言葉の流れだと思えた(同性愛性の点では共通していたが)。それもあって、他の号を読むことはなく、やがて単行本として刊行された『善の遍歴』も読まずに終わった。高橋作品に対する私の濃密な思いも幾分冷めたかもしれなかった。
ただ、何かしら読み残しているふうな感覚は、それ以降も薄っすらとではあれ、私の中で消えなかった気がする。

インターネットを通して入手し、私が上記新潮社刊の『善の遍歴』を読み終えたのは、刊行されてから40年程も経った、去年(2014年)の12月のことだった。
読み終えて、あるいは読みつつ、一番思ったのは、刊行された当時読んでおけばよかったというやや悔いの残る感懐だった。上記の、ある号を読んだ私の感想がまるきり的外れだったとは思わなかったものの、それらを越える中味が備わっていると思い至った。あの当時の私の判断は、作品の言葉の表層にこだわり過ぎた早合点だったと、今改めて思う。
 最初の「発端」から最後の「団円」まで、全部で12章に渡る、主人公「ゼン」が体験する遍歴の物語が展開する。モンジュボサツが現れゼンと言葉を交わすことから始まり、全体として仏教の説く救済の世界へと向かう道筋になっている。破天荒とも、荒唐無稽(こうとうむけい)とも読まれかねない、超現実、脱現実的な話の連続だ。私もそうだが仏教の世界観や挿話にほとんど知識のない者にとっては、ましてそう感じても仕方がないところだろう。
ゼンの出身地などの設定は『十二の遠景』や『聖三角形』と重なリ、やはり同性愛性が背景に濃く横たわっている点は共通するものの、それ以外は丸きりというくらい異なる作品世界といえる。無論、作者はそうしたことはすべて承知の上で、自身と重ねながら、同性愛者としてのゼンの究極の救済の姿を提示しようとしたのだろう。それはそれとして、ゼンが体験する通勤電車やハッテン映画館、ゲイバーの場面などは率直に楽しめた。
唐突に響くかもしれないが、『善の遍歴』には三島由紀夫(1925《大正14》年〜1970《昭和45》年)の死が色濃く影を落としていると私には思える。三島由紀夫と個人的にも親しかった作者は、根底から揺さぶられながらも、三島は死を選んだが、同じ同性愛者として、自分は生を選ぶと決意したのではないか。その生への意思の結実が『善の遍歴』だったと私は思う。
三島由紀夫は死の同日に完成させた最後の小説『豊饒の海』の第四巻(最終巻)「天人五衰」ともども、自身も含めこの世の一切は幻影であり無なのだという究極の思念を表明した。『善の遍歴』の作者は、その思念に一方で深く共感しつつも、この世界には生きるに値するものが存在すると考えたのではないか。主人公のゼンを最後の最後に救済することで・・・。
(私が当ブログに以前書いた三島由紀夫の内的風景(その1〜その14)も参照していただければと思います)
少し視点が変わるが、三島由紀夫は『禁色』(1953《昭和28》年)以降、男性同性愛を素材にした小説をぱたりというくらい刊行しなくなった。様々な事情があっただろうにしろ、当時の日本の社会的、文学的状況の中で、男性同性愛を中心に据えた小説を制作し出版することがいかに困難かを痛感していたのではと私は考える(三島ほどの力量をもってしても)。
高橋睦郎の場合は、『善の遍歴』以降、男性同性愛を素材にした作品のみならず、小説そのものをほとんど刊行しなくなったようだ(国会図書館の検索サイトで一応確認したものの、更に詳しく調べてはいない)。(また、名前を秘す形で刊行した小説一作がある)(1988《昭和63》年刊)。(この作品は、さすがに国会図書館のサイトにも入っていない(!))
三島由紀夫が直面したのと同じ状況を高橋睦郎も感じ取ったのだと思う。本来書きたいと思う男性同性愛を主題に据えた小説の発表が難しいくらいなら(三島がいなくなった今は増して)、小説そのものの刊行は諦めて、元々の自分の文学的資質に立脚している、詩、俳句、短歌などの韻文と、主にそれらを論じる評論を制作していこうと決断したのではと私は推測する。
ただ、上記国会図書館のサイトを見ると、『文学1995』(講談社)の中に、「探究者」高橋睦郎と載っていた。早速、地元の図書館で借りて読んだ。フィストファックを極みまで求めた果てに病死した男の話だった。認識者としての(同時に実行者、探求者だとも思うが)高橋睦郎が、同性への欲望の果てに、欲望自体を越え、宇宙感覚にまで到達する男の道行を追っている。
『善の遍歴』の最後に、ゼンが到達し救済される状況とある面通じていると思われ(生死は異にするが)、その点にも作者は創作欲を刺激されたのかもしれない。上記『文学』のシリーズに載るのは恐らくこの作品だけだと思われるが、『善の遍歴』以降,他にも小説を発表していたら、ぜひ読んでみたい。

三島由紀夫や高橋睦郎が置かれた状況に比べれば、幾分かは好ましい方向に変わりつつあるだろうとは思うものの、21世紀、現在の日本の文学環境の中で、男性同性愛を正面に据えた小説作品を書くことがどのような状況に置かれているか、私にはまだよく捉えられない。

本ブログを書くことで、私の中に長い間わだかまっていた、私自身への借りを少しは返すことができた気がする。
ただ、国会図書館のサイトで検索すると、高橋睦郎の作品は(他者の(編)のものや、英語などに翻訳されたものも含めると)、130冊を越えている。これまでに私の読んだのは15、6冊ぐらいだ。詩、短歌、俳句などの韻文作品は、今後できるだけ読んでみたいと思うものの(これらは地元の図書館などにはあまり置かれていないのが難だが)、評論など作家の広く深い知見をもとにした論理的で、抽象度の高い文章は、これまでに幾つかの作品は、分からないなりになんとか読んだものの、やはり読む前に相応の心構えが必要だ(!)。
ともあれ、これから先、高橋睦郎作品にどう関わっていくか、じっくり考えてみようと思う。

(2015年、最初の更新だが、すっかり長くなってしまった。お読みいただいた方に感謝します)

(2015.1.18)




 




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