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zoom RSS 長谷川サダオ彷徨(ほうこう)

<<   作成日時 : 2016/07/23 15:22   >>

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  画像(その2) 男という渦(うず)と天へ
雑誌『サムソン(SAMSON) 2号』(1982年8・9月合併号)(コバルト社刊)に、「長谷川サダオ作品展」と題された記事が載っている。
1982(昭和57)年7月、新宿二丁目の「体育館」というスナックで作品展が開かれたようだ。この記事の中に、長谷川サダオ(1945〜1999)が自分のイラストの中の男を好きになり、頬(ほお)ずりして、絵の具を頬にくっつけたり、更に作品を描きながら「二回も自分でヤッちゃった」などのエピソードが紹介されている。
   ちなみに、本号のグラビアに『欣求穢土』(ごんぐえど)と題された彼の作品が掲載されている。前回の「(その1) 尻(しり)という澄(す)み切った蕩(とろ)け」でも記したが、彼が1990年にイギリスで刊行した画集『SADAO HASEGAWA paintings and drawings』には、グラビアに載る作品(「Gon Gu EdoT/Joyfully Seeking the Impure Land T 1981」)とともに、同タイトルの作品がもう一点載っている。(「Gon Gu EdoU/Joyfully Seeking the Impure Land U 1981」)(画面上段の作品は「Gon Gu EdoU・・・」。真ん中の、縛られて尻を掘られている男の顔と体は私(荻崎)の好みだ)。
 (細かくなるが、画面上段と同じ作品を私は所蔵している。ただ私が所蔵している作品は原画ではなく、正確なところは不明だが、特殊な手法による印刷されたものではないかと思う。私が 購入した展覧会では、版画と表示されていたが。画面の左下に、1981 11/7と描かれた日付けだと思われる数字が入っている。『SADAO HASEGAWA paintings and drawings』では、日付の部分は画面の外になっているために分からない。
 本号のグラビアに載っている作品には、『SADAO HASEGAWA paintings and drawings』に載る作品同様、描かれた日付けだと思われる、1981 10/30と読める数字が入っている。(『SADAO HASEGAWA paintings and drawings』では、日付の数字の一部が切れているが)
 (前回の(その1)で、「荻崎正広コレクション ゲイ・アートの家」では、長谷川サダオの原画5点を展示しているとうっかり書きましたが、上記との関連で、正確には、展示している原画は4点です。恐縮ですが訂正します)

  
 また、同じく『サムソン(SAMSON) 11号』(1983年6月号)に、「長谷川サダオ原画展のお知らせ」という記事がある。これによると、上記作品展の翌年1983年5月、やはり新宿二丁目のスナック「九州男」で、彼の原画展が開かれた。
「好きなものは、自分の描く絵のような男の子とフルーツ・パフェ」だそうです、と作者の言葉が紹介されている。
 二ヵ月後の『サムソン(SAMSON) 13号』(1983年8月号)に、「月下の変貌―長谷川サダオ原画展に寄せて―」と題した、本原画展に寄せた上田 玄氏の文章が載っている。
上田 玄氏について私は何も知らないが、本文章の中で上田氏は、「月光」、「ポルノグラフィックなモチーフ」、「変貌」などの語をキー・ワードにして、長谷川サダオの作品世界を論じている。
 「長谷川サダオの世界のドラマは、対立物をもたない。そこにくりひろげられているのは、単一的にナルシックな世界である」という上田氏の文章が印象に残った。 
 これら二つの作品展のどちらも私は見ていない。作品展が開催されていること自体を恐らく知らなかったと思う。もし知っていたら足を運んだのにと考えると今更ながら残念だ。
(当時は、こうした情報を得ること自体なかなか容易ではなかった。ただ、当時(今から33年ほど昔)、私自体、長谷川サダオについてどのくらい関心があったか、彼の作品をどのくらい知っていたか、となると正直、心もとない。当然ながら、今の私に比べたら彼の作品について知るところは少なく、それもあって、少なくとも今の私ほどは彼の作品に惹かれていなかったのが事実だと思う) 
 ちなみに、上記『サムソン(SAMSON)』の三つの号の表紙は長谷川サダオが描いている。『サムソン(SAMSON)』の初期の号の表紙は、すべてではないが彼が描いていたようだ。

 上記三つの号より少し刊行が早いが、『薔薇族 増刊号 1982 春の号』(1982《昭和57》年5月刊)に、『「男」が匂う幻想空間 特異画家・長谷川サダオの部屋』と題して、木村健二氏が撮影した、長谷川サダオが住んでいた部屋(彼が描いた作品や様々なコレクションがぎっしり置かれている)(彼は都内の中野区野方に住んでいたという)が載っている。更に、『<撮影対談>長谷川サダオVS木村健二 「幻想空間」の写真を撮りながら・・・』と題された文章も載っている。
 「絵を描くうえで大切なことは、自分をストイックな状態にしておくことだと思うんだ。満たされすぎた精神状態ではクリエイトな仕事はできないと思っているから、禁欲することもよくあるね」と、作画に向き合う自己の心構えを長谷川サダオは語っている。
 また、前回の(その1)でも取り上げたが、『長谷川サダオ画集 楽園幻視』(1996《平成8》年11月 コチスタジオ刊 企画編集 稲嶺啓一)の中に、「長年この業界で男絵を描いてきた。年中、部屋の中はエッチな資料が散乱し、考えることも一日中、男に関することばかり。こういう状況にいると、仕事以外のプライベートな恋愛やセックスは、しつこいのを受けつけない。サッパリ、シンプルがいいわけ。・・・」と、長谷川サダオは記している。

 上記の幾つかの雑誌や書籍に載る長谷川サダオの言葉から、自らが描く作品に寄せる思いや有り様(よう)が真っ直ぐ伝わってくる。自分の描いている男たちにほとんどすべてを注ぎ込み、恋い焦がれ、吸い取られ、生身の自分は何か抜け殻になったような、やや誇張した言い方をすれば、生身というより何かしら亡霊や亡魂に近いものにさえ、時には思えたのではなかったかと、私には感じられる。
 自身の手で画面の上に出現させた男たちがいとおしくて仕方がなかったのだろうと思う。叶うなら、そうした男たちと連れ立ち、絡み合い、この世ならぬどことも知れない世界に行きたいとさえ思ったのではないか・・・。
 ただ、そう思う一方で、上記のように、「欣求浄土」ならぬ「欣求穢土」というタイトルをあえて自作に付けることからも、穢土であるこの世を熱望し、この世に執着する思念や感懐も大事にしていたのだろうと私には思える。
 欣求(強く求め願う)する対象が、彼の中で、「穢土」と「浄土」の間で激しくせめぎ合っていたのかもしれない。

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画面中段の作品は、『薔薇族 176号』(1987《昭和62》年9月刊)に、「発生《108人の愛》」と題されて載っている。上記の『SADAO HASEGAWA paintings and drawings』にも載り、「Origination 1986」と記されている。
 「薔薇族」の題から、作者は、実際に108人の男たちの、様々に重なりもつれ合う真裸の裸身を描き分けることを意図したのだろうか。渦の中心に近い辺りになると、ほとんど人体の姿はつかみにくくなっているが・・・。一体一体、渾身の思いを込めて描いたに違いない。
 108という数字は、仏教で説く百八煩悩を意識したのかもしれない。一見、渦の中心へと吸い込まれていくふうにも見えるが、タイトルの「発生」という語からは、逆に中心から外側へという動きとして作者は捉えていたのだろうか。

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画面下段左の画像は、『SADAO HASEGAWA paintings and drawings』に載り、「Stupa 1982」と題されている。Stupaは、梵語の卒塔婆を意味していると思われる。画面の上に「天」、画像では切れているが、下には「地」の文字が入っている。下段右の画像は、私(荻崎)が一部を恣意的に接写したものだ。
 尺八したり、尻を掘ったり、そのまた尻を掘られたり、尻の芯をなめたりと数知れない真裸の男たちが、思うがままに、乱交し、乱れに乱れながら犇(ひし)めいている。
 全体として、塔(Stupa)の形を形成し、「地」から救済としての「天」に向かっているのだろうか。それとも、乱倫の極みの男たちの有るがままの姿を天が良しとして、祝福の光を降り注いでいるのだろうか。

 
 結果的に、今回取り上げた作品や展覧会は総じて1980年代に描かれたり、行われたりしたものになった。1945年生まれの長谷川サダオは30代の後半から40代の前半の頃になる。(前回の(その1)でも触れたが、私もぴたり同じ年齢になるが)
総じて、自分が描いた数多くの恋しい男たちと連れ立って、いっそのこと、この世ならぬ世界にたどり着こうか、それとも彼らとともにこの世に踏みとどまって、快楽の果ての果てまで探索しようか・・・。と、両者の思いが葛藤し、ときに両方の念に引き裂かれる風な日々だったかもしれない。
 それとも、これほど愛(いと)おしい男たちと一緒なら、この世でもあの世でもない、どこにあるとも分らない真っ新(さら)な世界にだって行けるかもしれない、きっと行けるのではないか・・・。そんなふうに思いを馳せたかどうか。私は長谷川サダオの心の内を勝手に想像する。
 結果的に、今回取り上げた1980年代の前半から後半にかけて描かれた作品の中の男たちに、私はもっとも強く惹(ひ)き付けられるのを、今、改めて感じる。

(幾つかの文章や画像を、後から挿入したり入れ替えたりしたこともあって、全体として、読みにくくなってしまったかもしれません。ご容赦ください)

 なお、上記、『「男」が匂う幻想空間 特異画家・長谷川サダオの部屋』については、「伊藤文学のひとりごと」の中の、「長谷川サダオの住んでいた部屋自体が作品だ!」(2010.4.23)でも取り上げています。
更に、『薔薇族 385号』(2005年8月 メディアソフト刊)で、「長谷川サダオの多元宇宙」と題して、彼の部屋も含めて特集しています。参照してください。
 また、上記、上田 玄氏御本人、或いは上田 玄氏について何かご存知の方、一報いただけたら幸いです。

(2016.7.23)

 
 




 
 

 
 






 

 
 
 

 








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