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zoom RSS 長谷川サダオ彷徨(ほうこう) 《補遺》

<<   作成日時 : 2017/01/31 02:03   >>

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画像(その1) 初期作品の森の中へ
昨年(2016年)の6月から8月にかけて当ブログで書いた「長谷川サダオ彷徨(ほうこう)」(その1)〜(その3)は、私(荻崎)が長谷川サダオ(1945.8〜1999.11)の作品の中で最も強く引き付けられる1980年代(作者の30代の後半から40代の前半の頃)の作品を主(おも)に取り上げた。(既に述べたが私自身も彼と同年同月の生まれだ)
 ただ、それ以前の、作者にとって初期の作品も取り上げないとやはり不完全ということになるだろう。そう考え、今回は彼の初期の作品に焦点を当てることにした。
 画像画面一段目と二段目の画像は、「薔薇族」の創刊(1971《昭和46》年7月)から一年後、1972年7月、同じ第二書房から単行本として刊行された南 定四郎著『あいつが好きだ』の挿絵に使われている作品だ。長谷川サダオの27歳頃の作品ということになる。細身の若者や幼児、月、蛇、カエル、花などが描かれている。この単行本には表紙を含め12点ほどの彼の作品が載っているが、高齢の男が描かれているのは、この二段目の作品だけだ。この作品には、人の生の流れの総体的な姿を提示することが、作者の脳裏にあったのかもしれない。
(これら12点の作品のいくつかは、その後に刊行された「薔薇族」の24号(1975年1月号)、32号(1975年9月号)、100号(1981年5月号)などにも用いられている。編集を担当していた藤田竜の好みの絵ではなかっただろうが(藤田自身の作風から言っても)、長谷川サダオの持ち味が現れていると捉え、藤田なりに評価したのだろうと私は思う)
 ちなみに、長谷川サダオの作品で、高齢の男が描かれた作品は、私にはこの二段目の作品以外に思い浮かぶものがない。他にあったとしても恐らくごく少数ではないか。だからと言ったら強引だが、人が(自身も含め)老いていくことへの拒否感や嫌悪感が彼にはあったのかもしれない。
(むしろ、この高齢の男を描いたことの中に、そうした思いが込められているのか、どうか・・・。私自身はこの高齢の男の顔には、どこかしら好感を覚えるが・・・)
(ゲイ雑誌で求められる多くは若者たちの裸身の作品だろうから、他の画家たちも同じではとも言えそうだが、彼の場合はそうした背景とは何かしら異なると私には思われる)

 私の手元に、1978年7月に刊行された「STUDIO VOICE Vol.22」の中の1ページをコピーしたものがある。長谷川サダオが取り上げられ(静岡県生まれと記されている)、彼の言葉が掲載されている。少し長くなるが、引用しよう。
『私の黄金時代は、社会に出るまでの幼年期から少年期の記憶の中にある訳で、その時代に原初的エロスや、変身願望や、ゲイへの根源的な芽があった様です。つまり、私にとって絵を描くこととは失われてしまった「美の王国」を再び体験したいという願望が基本になっているという訳です。(中略)たとえばSMの世界を例にとれば、それは変身のイメージと重なり合っていますし、原初的な快楽原則を獲得するためには、管理的なセックスのタブーを飛び越えなくてはならないし、それには一種の苦痛が伴うのではないでしょうか。
 苦痛を通り越して見えてくる世界が私のイメージする楽園なんです。又私の作品にはよく、へびが登場しますが、それは、古今東西の神話、伝説の中に神の化身として、あるいは悪の化身として登場して来ますし、遠い恐竜時代も想起させるし、エロティックなイメージもあるし、見る人によって、いろんな見方が可能であるし、何よりも、キャンプなムードがある所が最高なんですね。それにヘビって、よく見るとカワイイんですネ。アダムとイブの話のヘビの様に、人間をけがれたものとして楽園を追放させたけれど、再び人間を楽園につれ戻してくれるのも、ヘビである様な気がします。何故なら、過去と未来とは一つの輪として繋がっていると思うし、幼年期の記憶を呼び戻すことは多分、未来を獲得する事と同じだろうから・・・』
 この文章から、長谷川サダオの、記憶、時間、幼少年期、エロス、苦痛、楽園、絵画、過現未などについての独自の認識が伝わってくる。これもやや強引な言い方になるが、私には彼の日常的現実への忌避や死への親近が、文章の背後を見え隠れに流れていると感じられる。
画像
画面三段目と四段目は、ともに「薔薇族」55号(1977年8月号)に載っている。「熱国の記憶 ET IN ARCADIA EGO 《われもまたアルカディアにありき》」と題された作品8点の中の2点。古代ギリシャにあったアルカディアの地に作者の楽園幻想を重ねたのだろう。
 田亀源五郎氏(1964〜 )が『日本のゲイ・エロティック・アート Vol.2 ゲイのファンタジーの時代的変遷』(ポット出版 2006年8月刊)の中で指摘しているように、当時のアメリカの雑誌に載った写真やヨーロッパの画家や写真家などの影響が濃いようだ。
 画像総じて、こうした初期の頃の長谷川サダオの作品の多くに対して、私自身は、込められた思いの濃さや技術的な高さなどは感得するものの、色情感はまず覚えず、芯から引きつけられることはないようだ。仮に彼が生涯に渡ってこれらと同種の作品を描き続けたとしたら、私は彼の作品に取り立てて深い興味は抱かなかったと思う。(勝手にしてくれ、という彼の声が聞こえてきそうだが(!))


 画面五段目の作品は、「薔薇族」118号(1982年11月号)から採った。前回までの(その1)から(その3)で取り上げた作品と重なる、私が強く惹かれる時期の作品の一つだ。「僕の体験◎読者手記特集」の挿絵の一つ。画像
殊(こと)に、掘られている男のぐいと存分に盛り上がった尻にそそられる。左上に目が描かれている。この挿絵の場合は、本文とも相応に関わりがあるようだ。ただ、彼の挿絵の、とりわけ周囲に配された景物には、一見、本文とはさほど縁がないと思われるもの、あるいは相当飛躍していると捉えられるものも少なくないようだ。上記「STUDIO VOICE Vol.22」から引用した、彼の想念の中の様々な景物が、おのずから画面に登場するのだろう。

 これは私の推測だが、今回主として取り上げた作品を描いていた1970年代の時期には、長谷川サダオは、現実には男たちとの性的な交合の体験はまださほど多くはなかったのではないか。
 それが、1980年代に入り、例えばハッテンサウナなどでの生身の男たちと交合の経験を積み重ねていく中で、描く男たちの顔や裸身も、彼の想念の中のものから、実際の生身の男たちの形姿に(男臭く誇張される場合も含め)近づいて行った・・・。
 そのおかげで、私はこの時期の彼の作品の中の男たちの裸と顔をたっぶり堪能することができる(!) 

(当ブログ、「長谷川サダオの大きな絵画、来(きた)る」 (書いてからもう9年以上経つが)で取り上げた作品『紺の夜の休らう肌身』は1976年作だ。初期に属する、70年代後半の作品だが、私は強く引かれる。当文章でも触れているが、この作品は、新宿にあった談話室「祭」に掛けるために依頼されて描いたという事情も、他の70年代の作品群とはやや趣を異にしている一因かもしれない)

上記、田亀源五郎氏の『日本のゲイ・エロティック・アート Vol.2 』では、日本のゲイ・(エロティック)・アートの流れの中に、長谷川サダオを位置づけ、豊富な図版とともに、コラージュなどの技法(五段目の画像に関連して私が触れたこととも関連するが)、上述した欧米の芸術家たちからの影響、作品の特色や到達した高さなどを、多様な側面から綿密に論じている。
『日本のゲイ・エロティック・アートVol.1  ゲイ雑誌創生期の作家たち』(2003年11月刊)も含め、お読みいただけたらと思う。
ただ、長谷川サダオの生年の記述に関しては、私が以前彼の実兄の方からお聞きした年(昨年、当ブログ(その1))に書いたが)とは異なるようだ。恐らく生前、彼は自らの生まれた年や年齢を誰にも語ることはなかったのだろうと思う。そうした場合、特に本人の没後、生年や出生地などを明らかにするのは、彼の場合に限らずそう容易ではないのが事実だろう。(親族の方が見当たらないなどの場合は尚のこと。写真家円谷(えんや)順一(大阪のおっちゃん)について調べていく中で、私自身それを痛感した)
ともあれ、得たものを少しずつ積み重ねて、明らかにしていくしかないだろうと思う。
長谷川サダオ彷徨(ほうこう) (その2)、同 (その3)も参照していただけたら幸いだ。

 (2017.1.31)

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
長谷川さんの初期の画風が、藤田さんから見て自分にないものがあって新鮮だったので取り上げたのでしょうか?
その後の長谷川さんの画風は、ゆく川の流れのように、たえず進化してさらに新鮮になっていったと思います。
ところで、長谷川さんは年齢を若く言ってたのでしょうか?
ゲイの世界で実年齢を言わない習性は、実際は同年齢の2人なのに、一方だけが相手を年下と思って会話したりするおかしな事を起こします。
バーのマスターでも、2歳〜10歳若く言う人が多く、『本当に?』と聞き返すと、すぐに正直に実年齢を白状します。(笑)
心の準備ができてないのでしょうね(笑)
ノンケさんは、逆に年齢を多く言いたがりますね。
えんやさんも、年齢を若く言っていたのか年上に言っていたのか興味あります。若く言ってたのなら、その心理にかわいさを感じます。
G7
2017/02/08 03:52
追伸
こちらのブログの円谷さんの似顔絵とお助けおじさんが似ているような気がします。
偶然でしょうか?
G7
2017/02/08 04:09
G7様
コメントありがとうございます。
藤田氏の目にそのようにも映ったかもしれませんね。
円谷氏とお助けおじさんが似ている、というのは面白い指摘ですね。いろいろな見方があるものだと感心しました。二人が別人であることは間違いありませんが(!)。
荻崎正広
2017/02/09 16:58

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