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zoom RSS (中編小説) 陶酔する水流の歳月

<<   作成日時 : 2017/07/19 13:03   >>

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(第10回)
 香芝との間がずるずる離れていき、このまま見過ごせば今までよりもっと取り返しがつかなくなるという声が耳元を掠(かす)めるのを無視した訳ではなかったが、牧島は立ち上がらなかった。取り返しがつかないのは慣れているさ、と居直る思いも幾らかはあった。今までだって、いつも取り返しがつかないところからやり直している、と声がする。
 もし、今、香芝を急いで追って再び声を掛けるようなまねをしたら、それこそ香芝との間は終わりになるさ、香芝とのことは俺が一番年季が入っている、と強がる牧島の視線の先から香芝の姿はふっと消えた。香芝のいない道をなんの代わり映えもなく歩いていく自身の姿を座ったまま牧島は追った。それが再び香芝に有り付くたった一つの手だという声が、一番頼りがいがあるように今更ながら牧島には思えた。
 香芝の真っ芯に有り付いたこともなく、浜坂の最深部にもたどり着いていないとしたら、俺は程なく七十歳に達する今まで、心(しん)から欲しかった男の肌身を本当は一度たりと手に入れることなく、呆(ほう)けたように時間の流れに身を晒しただけだったことになる。そんなこととうに分かっていたくせに、という静かな声が流れる。
 その声は一番静かに受け入れることができた。もう少し時間に身を晒そうと思った。牧島は石の腰掛けから立ち上がり、香芝が消えた方へ歩いて行った。信号のない十字路に差しかかり、右手に眼をやった。細めの通りが真っ直ぐ長く続いている。視界の奥の建物の先に空が小さめに広がっている。いなかったから、浜坂も香芝も俺もいなかったからこそ、それなりに深めに交合できた、という新たな声が流れた。まだこの先、ますます深くいなくなる・・・。そうなると、香芝や浜坂のもっと深みに踏み入ることだって望めるかもしれない。空無が濃くなって、その果てで、香芝と浜坂の生身の真裸よりもっと濃くなって、牧島の手の届く所で二人がのけ反りながら牧島を欲しがることだって、もたらされるかもしれない。
 空無の果てまでだったら歩いてもいい、ともう何十回目になるか分からないが、牧島は思った。歩いて行くのはそこだけ、ともう何十年も前から分かっていた気がした。幼い時から男の軀だけを欲しがり続けた男が、そんなこと分からない訳がないな。空無の真っ芯へ入っていけそうな気がした。と言うか、これまでの七十年近い歳月、おまえは空無の真っ芯以外にいたことはないのではないか、という冷え冷えとした声が続いた。そうかもしれない、それ以外は何も知らないかもしれないな、と牧島は淡々と受け入れた。

 真夜中に近づく刻限、牧島は何度も通ったことのある通りを、また歩いた。よく利用するターミナル駅に向かっていた。通りの右側に男たちの裸の尻がびっしり並んでいた。左側にはのけ反った男根がひしめき続いていた。右側に続く尻は、すべて大振りという訳ではなかったが、どれをとっても幅広で上向きにぐいと盛り上がっていた。一つ残らず牧島の好みの尻だった。中の幾つかは、これまでに牧島が撫で回したり、芯を割って奥まで舌を這わせたり、様々な体位で掘ったことのある尻だった。どの尻を取っても、たっぷり時間を掛けるだけの味わいがあったが、電車の終電の時間があった。
 一方、ほぼ真っ直ぐ続く通りの左側に立つ男根の群れも遜色なかった。一様にふてぶてしく反り返り、一見、うかつに手を出そうものなら、撥(は)ね退けそうでいながら、深々と誘っていた。右側の尻と同様、以前、牧島が奥深く頬ばったり、牧島の尻をざっくり掘った、見覚えのある男根が少なくなかった。折角だが、時間が足りず、中の幾つかを手で一撫でし、口をそっと押し当てるだけで済ますしかなかった。
 この通りと直角に交差するいくつかの大小の通りも、申し合わせたように、尻と男根が見渡す限り埋め尽くしていた。通りによっては、右側も左側もすべて尻、すべて男根という違いもあった。時折、通常の恰好の男女の通行人とすれ違ったが、取り立てて気にするふうはなく、皆、当たり前の顔をして歩いていた。

(2017.7.19)

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