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zoom RSS (中編小説) 陶酔する水流の歳月

<<   作成日時 : 2017/07/24 23:38   >>

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(第12回)
 鉢の内側の底に、雪の紋が放射状に焼き付けられていた。雪は薄い灰色に見えた。ただ、一番底の芯の部分は空白だ。鉢の中ほどあたりの、底とは形の異なる濃い灰色の雪の紋は、内側を一周している。内側の底の空白の芯に横たわる香芝の真裸に臆せず近づいていくと、雪がいっせいに牧島に向かって吹き始めた。一歩近づくごとに、吹き募った。吹雪になった。吹雪は香芝の軀の真っ芯から吹き起っていた。牧島は吹雪の源に手を伸ばした。香芝の肌に届いたのか、届かなかったのか。肌に手を這わせようと、臆すことなく更に一歩近寄った。吹雪は輪を掛けて濛々(もうもう)と吹き募った。手の感覚が薄れ、何も見えなくなった気がした。
 ふっと雪が止んだ。止んだのか。それとも吹雪き続けているのか。何もなかった。鉢も雪紋も見当たらなかった。尚更香芝の裸身は跡形もなかった。潔(いさぎよ)かった。分かっていたさ、初めから、と牧島は言葉をごく小声で口にしたつもりだった。現に音声をともなったかどうか、分からなかった。じっくり探せば、香芝に有り付けたのか、牧島の芯は吹っ切れないまま残った。
 別の部屋に欅(けやき)造りのやや小振りな卓が置かれている。茶褐色に見えた。木目(もくめ)が渦のようにうねっている。 
 欅以外に栃(とち)や栂(つが)、神代杉(じんだいすぎ)などの器や箱もあった。同種の木でも木目は細やかに異なっている。当然なのかもしれない。置かれた器や箱に見入るごとに、牧島は絡む男を替えながら、それぞれの木目と色合いの中に流れ入ることができた。そのたびに、色欲の濃淡や深浅が細やかに異なった。絡みの相手には香芝と浜坂だけでなく、矢竹(やたけ)や荒島(あらしま)、更には名前を知らない男たち、よく見ると岡原も混じっていた。木目の中に丸ごと溶け入ったまま、どこにも戻れなくてもかまわなかった。二人、三人して蕩(とろ)けに浸(つ)かると、向こうもこちらも境は見当たらなかった。此岸(しがん)も彼岸もなかった。蕩けと陶酔に終わりがあるのか。終わりがあってもなくても何の違いもないという声がひっそり立った。

 駅のホームの上に設けられた橋の両脇は、腰を下ろすのにまずまずの造りだった。快適ではないが仕方がない。杖を片手にした高齢の男が牧島に近付き、「土木作業をしないか」と話しかけた。牧島以上に高齢に見えた。茫(ぼう)と座っていた牧島が、暇そうで、年の割に労働に耐えられそうな軀つきに見えたのかもしれない。脈の有りそうな男たちを見つけては、声をかけているのだろう。その気がまるでなかった牧島が断ると、男は、「そうか、しないか」と言ったふうな言葉を残し、思いの外あっさり離れていった。相応に好感を覚える型の顔だったが、取り立てて好みというほどではなかった。
 歩いてきて、ここに座り、また歩き出す。一休みする。言わずと知れた、好みの男が手に入る所に行くためだ。誇大な言い草なのかどうか、牧島には歩くのはそのためだった。自分の部屋で茫としていたり、それなりに何かしているふうな時間も、歩いている時と同じで、欲しい男が手に入る所に行くためのつなぎの間(ま)だった。
 めぼしい男を見つけて声をかけたり、関わりを持とうとする点では、橋の上で声をかけてきた手配師風な男に似ていた。場が異なるとは言え、あの男はいきなり直(じか)に男に触ることはしないだろうが。自分が声をかけた相手が、男の裸と絡むことにしか能のない男だとまでは、彼も見抜けなかったに違いない。
 とは言え、牧島がそのための場所で、現に男の生身に有り付いている時間も、何やら捉えどころのない、半分、それ以上、夢のさなかにいるふうな茫とした時間だった。帰途に付き、自分の部屋で、その日の絡みの様(さま)を思い起こしている時でさえ、まして何日も何十日も経ってその記憶をたどっている夜など輪をかけて、現実にあったはずの事柄も、ただの妄想やある夜寝ながら見た夢と何ほどの違いがあるのか心もとなくなるばかりだった。それは牧島の七十年近い全生涯が、思いやるたびに、茫としたやや長めの妄念や夢のような色合いを濃く帯びてくるのとぴたり符合した。それは、年を取ったから一段とそう思えてくるという塩梅ではなく、昔から、十代の頃から少しも変わらないふうに思えた。始めから何一つ変わるものはないのかもしれなかった。
 どこにいようと何も変わらなかった。好みの男の裸を探して、遊行(ゆぎょう)する以外何もなかった。
 七十になろうが、九十歳になろうが、百歳を越えようと、うろつき廻りさえすれば、これはという男にばったり行き当たりそうな気がした。そんな気がしない時もいつものことだった。そうやって、ここまで来た。百十歳になってもそうやっていく。

(2017.7.24)
 

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