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zoom RSS (中編小説) 陶酔する水流の歳月

<<   作成日時 : 2017/08/02 13:25   >>

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(第15回)
 坂を下(くだ)って行った。なだらかな坂だった。もう何度も下ったことがあった。下った先に名の知れた池があることも無論分かっている。歩を運ぶごとに心地よさを覚える坂だった。歩きながら、そのつどどこか過去へ下っていくふうな、逆に未来へ降りていくふうな味わいも覚えたりする。というより、この現在の只中(ただなか)の、より奥へ更にもう一歩深部へと入っていく感覚だったか。ただ、一歩また一歩奥や深部に入るほど現在の様相が色濃く感じられるというのとは逆に、茫とぼやけ肝心の現在自体からふっと放り出される感があった。牧島にはそれは心地よかった。放り出されるとどこに通じるか、始めから分かっていた。
 なんだ、見え透いているな、という先走って降りてきた声をそのまま受け入れた。牧島を丸ごと蕩かす男たちの真裸に真っ直ぐ通じていた。七十年近く費やしても、そこしか牧島が行きたいと思った所はなかった。これからもないことが、この坂を下っていくとよく見えてくる。そこに行けばいいのだ。ここを下ると、そこに一番行きやすい、そんな気が淡々と湧き上がる坂だった。
 とは言え、単なる坂だ。何度下りたところで、何がある訳もなかった。それでいて、この坂をゆっくり下りていくと、過去も未来もあっさり幻影になるばかりか、唯一あるかに感じられるこの現在こそ、一段と濃い幻影になっていく感覚がそのたびに付きまとった。なにも驚くほどのことではない、そんなこと当り前だという声もする。ともかく幻影の果ての更に果てまで下りていく。そこまで行かないと、心(しん)から欲しい男には有り付けない・・・。七十年かかってもまだそこまで下りていない。百年かけても下りられるかどうか。幻影の極みまで下りた挙句、有り付けなかったとしても、それを受け入れるのはたやすいのか、難しいのか。
「この坂を何十回下ったって、何もないさ」と見知らぬ男が言う。
「この坂を下ると、過去も未来も現在もそっくり薄れていくね・・・」と牧島が返す。
「どこにもいない男になって、坂を下りていけるさ」と男がまた言う。
「そうならないと、行きたい所へは行けないかな」と牧島が返すと、男はもう関わり合わないというふうに離れていく。

 裸の男たちが流れていた。男たちは絡んだり、離れたりした。見ようによっては、木の葉になったり、水草になったり、魚になったりした。とは言え、建物の中だった。舐めたり、重なったり、何もしなかったり、離れて見ていたりもした。
「他(ほか)の人かと思った」「半信半疑だった」と言う。光が乏しくゆらゆらし、見極められない中だった。水は澄んでいたのか、濁っていたのか分からなかった。下の階で再び出くわし、確かめられたのは好運だった。「一度いったからな・・・」と男は言いつつ、隣の狭い場所で少し交わった。一方の湯船の中で「ぬるいな」と言う。「あっちは熱い」と別の声がする。軀の芯がなごむのは久方ぶりだ、と静まる。最後まで見送ろうとも思ったが、足は上の階へと流れていた。
「後で…」と言ったが、数呼吸置いて久方ぶりに浜坂を手中にした。拒絶されることに慣れることはいいことなのか、良くないのか、などと思う間(あいだ)はまだ凍(こご)えを知らないからだ。流れていさえすればいいと言えなくなるとどこへ向かったらいいか、と聞こえない言葉を薄暗がりで零(こぼ)す。同じ流れの中をもう何十年か行き来した。魚めいたって仕方がない。
 舌を這い回す最中、舌先から頭の芯に向かう言葉の連なりと現に感得している味わいを比べ、どっちが陶酔の度合いが高いかと思念が走る。言葉と体感のどっちが先行するか。両者は抜きつ抜かれつしながら、牧島の軀の奥へ更に奥へと潜り込むのか。「すごい」と声を漏らしたその浜坂の軀は反ったのか、反らなかったか。後何回浜坂に有り付けるか。
 百まで生きれば、輪をかけて香芝と浜坂の肌身を欲しがり手がつけられなくなりそうだ。他(ほか)の何一つ見えなくても、それだけはくっきり見える。

(2017.8.2)

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