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zoom RSS (中編小説) 陶酔する水流の歳月

<<   作成日時 : 2017/08/05 12:46  

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(第17回) (最終回)
 川は右手に流れている。しばらく聞かなかった瀬音が思いの外(ほか)快い。「俺に向かって流れているつもりか」と、とがめる響きを持たない声が立つ。半分は予期していた。何も考えていなかった気もする。水の冷えが後押ししてくれることもありそうだ。誰に向かって流れていたのか、何十年というもの流れ続けた果てに、誰かいたのか。流れ続けたから、香芝も浜坂もいなくなったのか、それとも流れることを怠ったからか。生きていれば、どちらかに流れ着く、そう居直ったってかまわなかった。放っておけば、百年だって流れ続ける。
 岐志呂(きしろ)に流れ着きたいな、と新たな声がする。鳥の声がした。川辺には羽が白と黒の鳥がいた。どう流れれば、岐志呂に行き着くか、更に真新しい声を聞きたかったが、見え透いた気がした。沢の音に入れ込めば、五十年、百年はまたたく間だろう。
 川の向こうに建つ神社は、千年を優に越える昔、近国から渡来した人々が建てたものが始まりだと聞く。川音に耳を預けてさえいれば、同じ千年流れ続けた果てに、岐志呂だけでなく、香芝も浜坂も呆(あき)れて受け入れるだろう。褒美(ほうび)だ、今から百年、俺を足の先から全部舐め続けてもいいぞと言うだろうか。それでも舐め足りないままに、百年はたちまち過ぎ去る。多分、千年舐め続けてもまだ欲しがるだろう。千回飽きたとしても、輪をかけて一万回貪るだろう。
 瀬音が改めて立ち、牧島の身の内の声がそれを追い、追い抜いて行方が知れなくなる。分かっていても、どこから来るのか聞き厭きたはずの声に身がひっそり寄り添ってしまう。香芝からも浜坂からもその上知り合ってから日が浅い岐志呂からも、そればかりか心底欲しかった何十、何百の男たちからも遮(さえぎ)られ、もう百年流れ続けろという声が先走って立つ。川から離れるさ、と躱(かわ)す。そうやりつついつもどこかしらに立ち、眼を開いていた。
                                        (了)

(後記)
「陶酔(とうすい)する水流(すいりゅう)の歳月(さいげつ)」
は今回で終了です。
第1回の付記にも記しましたが、2015年11月に書き上げた作品で、完成した小説としては、私(荻崎)の最新作です。
400字の原稿用紙に換算すると62枚弱ですが、私なりの思いから短編小説ではなく、中編小説としました。
これも第1回の付記でも述べましたが、意図的に標準的な日本語の形を踏み外した文章もあります。
独りよがりで、尚更、読みにくくなってしまったかどうか・・・。
もう間もなく72歳になる身ですが(!)、72年間も生きてきて、この程度の作品しか書けないのかという声は、残念ながら、素直に受け入れるしかありません。
不出来な作品であっても、ここから、改めて出発しなければと考えています。
お読みいただいた方々に深く感謝します。
感想などお寄せいただければと思います。

(2017.8.5)






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