アクセスカウンタ

zoom RSS テーマ「評論」のブログ記事

みんなの「評論」ブログ

タイトル 日 時
長谷川サダオ彷徨(ほうこう) 《補遺》 
長谷川サダオ彷徨(ほうこう) 《補遺》  (その2) (最終回) 三島由紀夫と長谷川サダオ 幻より濃い幻の先 長谷川サダオ(1945.8.15〜1999.11.20)は三島由紀夫(1925.1.14〜1970.11.25)に相当惹かれていたようだ。左上段の画像は、当ブログ「長谷川サダオ彷徨(ほうこう) (その2) 男という渦(うず)と天へ」でも触れているが、「薔薇族 増刊号 1982 春の号」(1982《昭和57》年5月刊)『「男」が匂う幻想空間 特異画家・長谷川サダオの部屋』と題された記事の最初のページを撮ったものだ。  ... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 11 / トラックバック 0 / コメント 2

2017/03/25 13:24
長谷川サダオ彷徨(ほうこう) 《補遺》
長谷川サダオ彷徨(ほうこう) 《補遺》 (その1) 初期作品の森の中へ 昨年(2016年)の6月から8月にかけて当ブログで書いた「長谷川サダオ彷徨(ほうこう)」(その1)〜(その3)は、私(荻崎)が長谷川サダオ(1945.8〜1999.11)の作品の中で最も強く引き付けられる1980年代(作者の30代の後半から40代の前半の頃)の作品を主(おも)に取り上げた。(既に述べたが私自身も彼と同年同月の生まれだ)  ただ、それ以前の、作者にとって初期の作品も取り上げないとやはり不完全ということになるだろう。そう考え、今回は彼の初期の作品... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 15 / トラックバック 0 / コメント 3

2017/01/31 02:03
不思議で仕方がない・・・。
不思議で仕方がない・・・。 安倍晋三首相や菅義偉(すが・よしひで)官房長官などが、国際会議への出発の際や記者会見などの場で、「我が国と普遍的価値を共有する国々と連携して・・・」、「普遍的価値を共有する日米両国は・・・」などの発言(引用が必ずしも正確ではないかもしれませんが)をするのを聞いたり目にするたびに、私(荻崎)は奇異な「えっ」と驚くような念に襲われる。  自由民主党の『日本国憲法改正草案 Q&A』(平成24年10月発行)(増補版は平成25年10月発行)の「5 国民の権利及び義務」(改正草案第三章)(P.14) (増... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 8 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/12/27 02:37
長谷川サダオ彷徨(ほうこう)
長谷川サダオ彷徨(ほうこう) (その3)(最終回) 果ての果てまで、男への色欲(しきよく)の霧が立ちこめる  『薔薇族 330号』(2000《平成12》年7月 第二書房刊)に、「『聖』なる境地へ 仏画としての長谷川サダオの遺作《リンガ展》」と題したテルテル坊主氏の評論が掲載されている。(遺作11展の画像も載っているが、誌面ではすべてモノクロ。「薔薇族」のこの号を、私(荻崎)は所持していないため、画像の載るページは国会図書館でコピーした)  2000年4月に成山(なるやま)画廊(千代田区九段)で行われた、長谷川サダオ(19... ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 21 / トラックバック 0 / コメント 2

2016/08/27 13:34
長谷川サダオ彷徨(ほうこう)
長谷川サダオ彷徨(ほうこう)   (その2) 男という渦(うず)と天へ 雑誌『サムソン(SAMSON) 2号』(1982年8・9月合併号)(コバルト社刊)に、「長谷川サダオ作品展」と題された記事が載っている。 1982(昭和57)年7月、新宿二丁目の「体育館」というスナックで作品展が開かれたようだ。この記事の中に、長谷川サダオ(1945〜1999)が自分のイラストの中の男を好きになり、頬(ほお)ずりして、絵の具を頬にくっつけたり、更に作品を描きながら「二回も自分でヤッちゃった」などのエピソードが紹介されている。  ... ...続きを見る

ガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 10 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/07/23 15:22
長谷川サダオ彷徨(ほうこう)
長谷川サダオ彷徨(ほうこう) (その1) 尻(しり)という澄(す)み切った蕩(とろ)け 長谷川サダオ(本名は長谷川貞夫)は1945(昭和20)年8月15日(奇(く)しくも日本の終戦記念日)に、静岡県清水市(現在は静岡市清水区)に生まれ、1999(平成11)年11月20日、タイのバンコクで死亡(自死)した。享年54歳。 生まれた年や場所などについては、サダオ氏の実兄の方から、もう5年半ほど以前になるが私は電話で伺(うかが)った。サダオ氏は幼い頃から、絵を描くのが好きだったという。  私的なことを言えば、私(荻崎)は194... ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 13 / トラックバック 0 / コメント 2

2016/06/11 02:22
ふたりとも好みの男という時
ふたりとも好みの男という時 (その2)(最終回) 二人とも私の好みの男だという作品のもう一点が、これも絵画だが、左上の画像。「薔薇族増刊号 夏」(1982《昭和57》年8月刊)に掲載された、神宮寺拳(じんぐうじ・けん)の作品の原画だ。誌面では、赤地の背景に短歌が一首載っているが、原画の背景は、白の無地(画像では、薄く青味を帯びていて、恐縮です)で短歌も載っていない。 (なお、この作品は以前、当ブログ「アートに欲情しよう! (その3) 神宮寺拳の巻」でも取り上げているので、参照してください。また、私のHP「荻崎正広コ... ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 24 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/09/26 02:59
ふたりとも好みの男という時
ふたりとも好みの男という時 (その1) 私が所持しているゲイ・アートのコレクション(絵画や写真など)の中で、同一画面の中で描かれている、あるいは撮られている二人の男たちが、ともに私の好みだという作品が2点ある。(今回は、円谷順一(大阪のおっちゃん)の写真は除きます)。(ちなみに、同一画面の中の、三人或いはそれ以上の男たちがすべて好みだという作品は見つからない)  その中の1点、左上の画像は、内藤ルネ(1932《昭和7》〜2007《平成19》)が佐原サムの名で、「薔薇族」1980《昭和55》年4月号に載せた作品の原... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 6 / トラックバック 0 / コメント 2

2015/09/06 17:51
高橋睦郎著『善の遍歴』からの眺望(ちょうぼう)
高橋睦郎著『善の遍歴』からの眺望(ちょうぼう) 高橋睦郎(たかはし・むつお)(1937《昭和12》年〜)の、『十二の遠景』(1970《昭和45》年 中央公論社)、『聖三角形』(1972《昭和47》年 新潮社)に次ぐ三番目の小説『善の遍歴』は、最初は、文芸誌「海」(中央公論社刊 現在は廃刊)に、1973《昭和48》年5月号から1974《昭和49》年5月号まで、12回に渡って掲載された。(1973年10月号は休載したようだ) (ちなみに、これらについて私は国会図書館で確認したのだが、刊行後40年以上も経った雑誌ということもあり、劣化を防ぐため... ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2015/01/18 18:24
黒田夏子(くろだ・なつこ)著『abさんご』遊行(ゆぎょう)
黒田夏子(くろだ・なつこ)著『abさんご』遊行(ゆぎょう) 第148回芥川賞を受賞した黒田夏子(1937《昭和12》〜)の小説『abさんご』は不可思議な作品だ。玄妙とも面妖とも茫洋とも夢幻とも、思いつくいくつかの言葉を並べても、そのどれからも身をかわし、作品だけは手つかずのままひっそり静まっている風体(ふうてい)だ。  私(荻崎)がこれまで読んだ小説の中で、不可思議な思いを抱(いだ)いた作品として思い浮かぶのは、例えば、フランスのアンチ・ロマンと言われたクロード・シモンの『歴史』だったか(違ったか)、アラン・ロブ・グリエの『消しゴム』だったか、更に... ...続きを見る

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 3

2014/10/29 13:27
更なる円谷順一
更なる円谷順一 (その3)(最終回)  画面左上段の人物を、円谷順一(えんや・じゅんいち)は数多く撮影している。このモデルの場合も含め、多くは撮影年月日が記されていないために、確かなことは分からないながら、何年かに渡って彼を撮ったようだ。前回(その2)で取り上げた「お助けおじさん」ほどではなかったにしろ、円谷にとっては気心の知れたモデルの一人だったのではないか。彼の姓だけは、アルバムなどに記されているために知ることができる。  私(荻崎)にとっても、円谷が撮った驚くべき数の男たちの中で、彼は好感を覚えるモデ... ...続きを見る

ガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 37 / トラックバック 0 / コメント 4

2014/03/17 17:00
更なる円谷順一
更なる円谷順一 (その2)  左上段の画像の中の、両手を縛られ尻を据えている人物は、「お助けおじさん」と呼ばれ、円谷順一(えんや・じゅんいち)の年下の親しい友人だった。彼は円谷の写真の中に他の誰よりも多く登場し、数多くの男たちとの絡みの姿を残している。相手役が必要なモデルを撮影する時、円谷は気軽に声をかけることができたのだろう。(付け加えると、彼単独で撮られている写真は一枚もない)  私(荻崎)自身にとって、円谷のモデルたちの中で、彼はそう多くはない好みの中の一人だ。(ちなみに、彼の姓名は以前入手したアル... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 6 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/03/07 16:20
更なる円谷順一
更なる円谷順一 (その1) 当ブログでも既に何回か取り上げているが、大阪のおっちゃんの通称で知られた円谷順一(えんや・じゅんいち)は、1971(昭和46)年10月、54歳で死去した。大阪府枚方(ひらかた)市に居住し、写真店を営みつつ途方もない数の男たちの裸を撮り続けた。  昨年(2013年)5月、私(荻崎)は新たに65冊ほどの円谷アルバムを入手した。(円谷以外に、円谷より年少で、現時点では名前は特定できないが、やはり大阪に住んでいた写真家、更に間宮浩(2002年死去。享年72歳)、波賀九郎(1920〜2... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 16 / トラックバック 0 / コメント 0

2014/02/03 18:09
ミケランジェロ―天才の色欲(しきよく)
ミケランジェロ―天才の色欲(しきよく) 「ミケランジェロ展 天才の軌跡  システィーナ礼拝堂500年祭記念」を9月から10月にかけて都合4回も(!)見てしまった。(国立西洋美術館 会期は11月17日(日)まで) 9月に最初に訪れた時は、さほど念入りに見て廻った訳ではなかった。ところが、それから何日か経った頃、これは当ブログでも取り上げたいという思いが強くなったこともあり、二度目に見た時、図録を購入した。  綿密な図録を読み終わると、これに書かれた事柄と実物を見比べたいという思いも募り、更にいざブログに取りかかろうとすると会場で確か... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 20 / トラックバック 0 / コメント 0

2013/11/09 13:32
幕末、明治期の日本人の男の裸のいとおしさ
幕末、明治期の日本人の男の裸のいとおしさ (その3) (最終回)  明治期の日本と周辺の国々の政情などを描いた風刺画で知られる、フランス人の画家ジョルジュ・ビゴ―(1860《万延元》年〜1927《昭和2》年)は1882《明治15》年22歳で来日し、1899《明治32》年(39歳)に帰国したという。17年ほどとかなり長期間滞在したことになる。 2002(平成14)年の9月から10月にかけて「来日120年記念 明治の面影 フランス人画家ビゴ―の世界」と題して川崎市市民ミュージアムで行われた展覧会を私(荻崎)は観た。画面左上の画像... ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 14 / トラックバック 0 / コメント 0

2013/07/18 17:10
幕末、明治期の日本人の男の裸のいとおしさ
幕末、明治期の日本人の男の裸のいとおしさ (その2)  『セイラム・ピーボディー博物館蔵 百年前の日本 モース・コレクション[写真編] 構成:小西四郎+岡 秀行』と『セイラム・ピーボディー博物館蔵 モースのみた日本 モース・コレクション[民具編] 構成:小西四郎+田辺 悟』という二冊の本を読んだ。前者は1983(昭和58)年が初版、私の所持しているのは、2005(平成17)年刊の普及版初版第2刷。後者は1988(昭和63)年が初版、私の所持しているのは、2005(平成17)年刊の普及版初版第1刷。ともに小学館刊。  東京の大森貝... ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 11 / トラックバック 0 / コメント 0

2013/07/01 15:27
幕末、明治期の日本人の男の裸のいとおしさ
幕末、明治期の日本人の男の裸のいとおしさ (その1) 今年(2013年)の4月から6月にかけて上野の国立科学博物館で催された「からだが語る『大江戸』の文化 江戸人展」を観た。江戸期の日本人の男たちの裸が見られるのではという期待があった。期待に違(たが)わない、むしろそれ以上の収穫だった。(会期は6.16(日)まで)  4月上旬に最初に行った時はカメラを持っていなかったが、展示品の多くが撮影可能だと知り、翌週二度目に行った際、気に入った画像をかなりの数、写真に収めることができた。  中でも私(荻崎)が一番惹かれたのが、左上段の画像だ... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 11 / トラックバック 2 / コメント 0

2013/06/14 15:30
自由民主党の「日本国憲法改正草案」批判とエロス(色情)
自由民主党の「日本国憲法改正草案」批判とエロス(色情)  自由民主党の「日本国憲法改正草案」(平成24年4月27日 決定)と「日本国憲法改正草案 Q&A」を読んだ。ことに後者の「・・・草案Q&A」は大部でインターネット上のページをプリントするのにもかなりの時間を要した。  (前文)も含め、全体を通してまず感じたのは、国家が前面に出て、憲法によって国民を枠の中に入れそれに従わせようという意図と構造になっていると思える点だ。 例えば「国民の権利及び義務」(改正草案第3章)に関連して、「人権規定も、我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたものであることも必要... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 22 / トラックバック 0 / コメント 0

2013/02/02 01:30
東京を撮った円谷順一
東京を撮った円谷順一  2007年に入手した円谷順一(えんや・じゅんいち。通称 大阪のおっちゃん。 1971《昭和46》年10月死去。享年54歳)のアルバムの中の一冊を見ていた時、それまでは特に見なかった何枚かの写真の裏に、円谷の手で簡略にメモが記されていることに気づいた。(それぞれの写真の上の一部分にだけ糊付けされていることが多いために、裏を見ることは割にたやすい)。 左一段目、二段目の写真の裏には、ともに「松葉神社 38.6.16」と記されている。昭和38《1963》年6月16日、松葉神社の祭りを撮ったとわか... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 15 / トラックバック 2 / コメント 0

2012/10/29 17:46
1971年の円谷順一
1971年の円谷順一 1971《昭和46》年は、写真家円谷順一(えんや・じゅんいち)(通称 大阪のおっちゃん。大阪府枚方(ひらかた)市に住む)が亡くなった年だ。(同年10月12日、胃がんにより死去。享年54歳) 同じ年の5月と8月に彼が東京で撮影した写真を、私は今年(2012年)の6月に入手した。写真の裏に、「46.5 東京三社祭」、「46.8 東京 深川祭」と円谷の文字で書かれていてる。三社祭が1枚、深川祭が2枚だ。亡くなる5カ月ほど前の昭和46年5月に浅草で、同じく2カ月ほど前の8月に深川で撮っていたことが... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 11 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/10/04 17:16
田中慎弥(たなか・しんや)著『共喰い』を食(は)む
(その5) (最終回) 円の葬儀後の、本作の最後に近い場面で、遠馬は千種に対し「もうやらんけえ」と言う。これからはもう千種に暴力は振るわないという遠馬の言葉は、少なくともこの時点では彼なりの本心だと考えていいだろう。実の父親が実の母親の手によって殺害されるという異常な事態の渦中に置かれているのだから。それでもなお、私はどこかしら取って付けた感を否定できない。早い話が、作品を終わらせ、けりを付けなければという作者自身の要請からの科白(せりふ)のように聞こえてしまう(笑)。田中氏自身が一番分かっ... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 10 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/07/15 15:15
田中慎弥(たなか・しんや)著『共喰い』を食(は)む
(その4) 視点が変わるが、本作の特異性の一つは、時間の流れについて作者の執拗なまなざしが感じられることだろう。川辺を流れる時間は、滞ったり、遠回りしたり追い越したり、止めたり殺したりも出来そうになったり、熱で崩れて、溶け出しそうになったり、太ったりしたりと、何かもう一つの物質めいて、川辺の風物や人々の暮らしの中に深く浸透し、それらと溶け合っている。 「欄干に結びつけられていた白い風船に見えていたものに細い首が生え、鷺(さぎ)になって飛び立つ」(P.384)や、「・・・模型のように大きな蜻蛉... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 10 / トラックバック 1 / コメント 0

2012/07/13 16:03
田中慎弥(たなか・しんや)著『共喰い』を食(は)む
(その3) 私自身の体験になる。もう何十年も過去のことだが、その頃関係していた年上の男に交合のさなか、それ程強くはなかったが、一度いきなり頬を張られたことがある。私はややむっとした。男は「それなら、別れようか」と言い、更に「おまえが余り俺のものだというから・・・」と付け加えた。 特に怒りを覚えたというほどではなかったが、叩くなら前もって伝えてくれればいいのに、と思ったことを覚えている(笑)。その後は男が私を叩いたりすることはなかった。それから何年くらい経った頃だったか、京都の祇園にあった... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 11 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/07/12 15:39
田中慎弥(たなか・しんや)著『共喰い』を食(は)む
(その2) 一方、息子の遠馬には私はまるきりというくらい色情が起こらない。遠馬の体や顔については一つも記述されていないため取っ掛かりがないという面もあるにしても、作品全体を通しても私は彼には欲情を覚えない。別段、私がもともと年配の男が好きで、17歳の若者には惹かれないからという訳ではない(笑)。私の好みの対象には老若の差はまずない。 どこまで意図的だったかは別にして、遠馬はあくまで見る側、欲情を向ける側の人間であって、見られ、欲情を向けられる側ではないという設定において、作者と遠馬の視点... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 10 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/07/11 00:54
田中慎弥(たなか・しんや)著『共喰い』を食(は)む
田中慎弥(たなか・しんや)著『共喰い』を食(は)む (その1)  第146回芥川賞を受賞した本作を当ブログに取り上げようと考えた最大の理由は、私(荻崎)が本作に登場する主人公篠垣遠馬(しのがき・とおま)の父親篠垣円(まどか)に色情を覚えたからだ。ちなみに、私は本作を「文芸春秋」2012年3月号で読んだ。作中、魚屋を営む母親の仁子(じんこ)(一緒ではなく近所に住んでいる)の年齢が60近くで、円は仁子より10歳も年下とあるから、円は50歳位ということになる。壮年期から少しずつ老いへと向かう頃合いだろう。 本作の時代的な設定は、昭和63(198... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 10 / トラックバック 0 / コメント 0

2012/07/09 00:49
風土の中の男の裸
風土の中の男の裸 海浜という風土や自然の中で働き生活する男たちの裸に強く惹かれることがある。多くは、彼らを撮った写真や、描いた絵画をとおしてだが・・・。 画面左上段の画像は、小関与四郎(こせき・よしろう)氏(1935《昭和10》年〜)(千葉県在住)の写真集『九十九里浜』(2004《平成16》年 春風社刊)の中で、私が一番惹き付けられる作品だ。同写真集では見開きのページになっているが、この画像はその右ページの一部。  水平線とほぼ同じ高さに、影を濃くした人物が立ち並び、言わば、図形的な安定感と何かを待ち望むよう... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 28 / トラックバック 0 / コメント 12

2012/02/05 17:27
《伏見憲明小説園》を歩く
《伏見憲明小説園》を歩く (その4) (最終回) 伏見憲明(ふしみ・のりあき)氏(1963〜)の最新の小説第四作『百年の憂鬱』(「すばる」2011年9月号)は、「起承転結」の「結」に違(たが)わず、これまでの作品群の集大成的な趣(おもむき)がある。本ブログのタイトルに重ね合わせると、第一作の本道や第二作の脇道、第三作の隠れ道を歩き、第一作より一回り道幅の広がった本道に戻った感がする。  語り手は第一作の「僕」に代えて、同じ一人称の「私」だが、「元来、私小説家ともいうべき私には」(P.40)という「私」の独白にもうかが... ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/09/19 01:22
《伏見憲明小説園》を歩く
《伏見憲明小説園》を歩く (その3) 「起承転結」の「転」に当たる、伏見憲明(ふしみ・のりあき)氏(1963〜)の小説第三作『桜草団地一街区  爪を嚙む女』(「すばる」《集英社刊》2009年8月号)は、「転」にふさわしく、第一、二作とはがらりと様相を変えている。本ブログのタイトルに重ねると、園内のこれまでは気づかなかった隠れ道ということになるかもしれない。  例えば、本作にはゲイの人物は(少なくとも表向きは)一人も登場しない。これは明らかに始めから作者が意図した結果だろう。作者は前二作とは異なる、異性愛... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/09/10 01:16
《伏見憲明小説園》を歩く
《伏見憲明小説園》を歩く (その2) (その1)でふれた「起承転結」の「承」に当たる、伏見憲明(ふしみ・のりあき)氏(1963〜)の小説第二作『団地の女学生』(「すばる」2008年9月号)は、第一作『魔女の息子』からおおよそ5年後に発表された。5年という異例ともいえる長い歳月を要したのには、無論、抜き差しならない様々な事情があったのだろう。  私(荻崎)なりに推察できるのは、第一作ですべてを書き尽くし、やや極端な言い方をすると、もう小説の形で言葉にするものは自己の内にひと欠けらも見当たらないと作者は感じたのではないか... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/09/02 01:07
《伏見憲明小説園》を歩く
《伏見憲明小説園》を歩く (その1) 伏見憲明(ふしみ・のりあき)氏(1963〜)の小説第四作『百年の憂鬱』(「すばる」《集英社刊》2011年9月号)を読んだことを契機に、作者がこれまに発表した小説作品全四作を再読した。 読み終えてまず思い浮かんだのは、四作全体が起承転結の形になっているということだった。第四作目の『百年の憂鬱』の中に、「恋は他人からすると、退屈な起承転結だ」(P.65)という一文があるが、作者自身ある時点で、この四語の熟語で全四作をなにがしか意識することがあったかもしれない。  「起」に当たる第一... ...続きを見る

ナイス ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/08/29 00:19
「風俗奇譚」の中の円谷順一
「風俗奇譚」の中の円谷順一 (その1) 昨年(2010年)10月下旬と今年(2011年)の1月下旬の二度、風俗資料館(東京都新宿区揚場町)に足を運び、雑誌「風俗奇譚」に円谷(えんや)順一(通称 大阪のおっちゃん)(1971年10月死去。享年54歳)の写真がどのように掲載されているかを中心に調べた。  「風俗奇譚(ふうぞく・きたん)」は文献資料刊行会が発行し、編集長は高倉一(たかくら・はじめ)(1914〜2004)だった。高倉一は風俗資料館の初代館長でもあった。(『「アドニス」「同好」「薔薇」の中の円谷順一』参照) ... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 3

2011/02/12 01:52
「円谷順一」探訪行
「円谷順一」探訪行 (その1) 2010年10月下旬、私(荻崎)は、円谷順一(えんや・じゅんいち)(通称 大阪のおっちゃん)(1971年10月死去。享年54歳)が亡くなるまで住んでいた大阪府枚方(ひらかた)市を訪れた。京阪電鉄交野(かたの)線の宮之阪駅にごく近い所だった。(ちなみに、宮之阪という駅名は円谷が亡くなる年の6月に、中宮(なかみや)駅から改称されたという)  円谷はこの地で写真店を営んでいたが、当時の住居は、現在は中華居酒屋とカラオケスナックになっていた。訪れた最初の日は、まったくという位成果はなかっ... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 5 / トラックバック 0 / コメント 4

2010/11/08 17:59
丹尾安典著『男色の景色』の豊かさ
丹尾安典著『男色の景色』の豊かさ 丹尾安典(たんお・やすのり)氏の『男色(なんしょく)の景色(けしき)』ーいはねばこそあれー を私は二度読んだことになる。最初は雑誌「新潮」(2008年1月〜6月号)で読み(ある若者の作成しているホームページで取り上げられていて知ったのだが)、次に新潮社から刊行された本書で読んだ。(2008年12月刊)。読み終わってからもうかなり時間が経っている。 当ブログで取り上げたいなと思いつつ、本書で取り上げられていることに触発され、例えば川端康成と三島由起夫の関わりなどについて、私なりの興味に従って... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 1

2010/03/08 02:21
「薔薇窗」(ばらまど)掲載の戯曲について
「薔薇窗」(ばらまど)掲載の戯曲について  石川貴一氏が編集発行している耽美文藝誌「薔薇窗」に、これまでに掲載した筆者(荻崎正広)(おぎざき・まさひろ)の戯曲五編を紹介します。どの作品も謡曲を典拠にしています。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2009/11/16 15:47
「児童ポルノ」の「単純所持」を処罰化することの非人間性について
 今国会で「児童ポルノ禁止」法改正案が審議されているという。なかでも与党が提出している「単純所持」を処罰化することの持つ危険性を、私なりに改めて考えてみたい。  当然ながら、人間の性愛にかかわる欲望や指向には様々な形がある。異性 に向かうか同性かを始め、対象年齢その他、皆それぞれに異なる欲望を抱えて生きている。  生き物としての人間という観点からは、それぞれの欲望の形は、本来どれも自然であって、等価だろう。例えば、成人同士の異性愛が最も上位で優れていて、児童(少年、少女)を対象にするのは下... ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2009/07/04 14:03
『蟹工船』とゲイ・エロス
『蟹工船』とゲイ・エロス 小林多喜二(1903(明治36)年〜1933(昭和8)年)の代表作『蟹工船』(1929(昭和4)年作)が改めて読まれ、話題を集めているようだ。現代の派遣労働者などの置かれた劣悪な状況とも重なり合い、80年ほども以前に書かれた小説が、切実な緊迫感を伴って、多くの人々に語りかけるのだろう。  私がこの作品を最初に読んだのは、確かな記憶はないが、20代の大学生の時だったと思う。昭和40年代、おおよそ1970年前後の頃だったか。1945年生まれの私にとって、もう40年程も昔のことになる。画像も載せたが... ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 5 / トラックバック 0 / コメント 2

2009/02/19 01:33
海野 弘著『ホモセクシャルの世界史』を勧めます。
海野 弘著『ホモセクシャルの世界史』を勧めます。 海野弘著「ホモセクシャルの世界史」(文芸春秋 2005年4月刊)を読み終えた。543ページもの分厚さで、しかも少しずつ読んだために、ずいぶん時間がかかったが。読み応えは充分だ。 古代から21世紀に渡る、主に文学者や芸術家などのゲイの人々の歴史が、広い視野の中でパノラマ風に展開されていて、圧倒されると同時に、ゲイの一人として力づけられた。(日本は一応除かれているが)。  特に印象に残った文章を、やや長くなるが二、三挙げてみよう。 「芸術が、ホモセクシャルに押し付けられた汚辱の一部を浄化し... ...続きを見る

面白い ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

2008/01/25 19:36
長谷川サダオの大きな絵画、来(きた)る。
長谷川サダオの大きな絵画、来(きた)る。  長谷川サダオ(静岡県生まれ。1999年死去)の大きな作品を、「荻崎正広コレクション ゲイ・アートの家」で所蔵することになりました。(右手の画像を参照してください。縦97cm 横162cm。画像は原画の全体ではありません) ...続きを見る

驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2007/11/24 02:33
三島由紀夫の内的風景
 2007年8月26日  第15回 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/08/26 16:05
三島由紀夫の内的風景
 2007年8月24日  第14回 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/08/24 17:15
三島由紀夫の内的風景
 2007年8月20日  第13回 ...続きを見る

ガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2007/08/20 17:57
三島由紀夫の内的風景
 2007年8月19日  第12回 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/08/19 17:12
三島由紀夫の内的風景
 2007年8月17日  第11回   ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/08/17 16:15
三島由紀夫の内的風景
 2007年8月13日  第10回 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/08/13 18:06
三島由紀夫の内的風景
 2007年8月12日  第9回   ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/08/12 16:20
三島由紀夫の内的風景
 2007年8月10日  第8回 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/08/10 16:13
三島由紀夫の内的風景
 2007年8月9日  第7回 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/08/09 17:02
三島由紀夫の内的風景
 2007年8月8日  第6回 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/08/08 17:59
三島由紀夫の内的風景
 2007年8月6日  第5回 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/08/06 15:39
三島由紀夫の内的風景
 2007年8月5日  第4回 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/08/05 16:39
三島由紀夫の内的風景
  2007年8月3日   第3回 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/08/03 17:59
三島由紀夫の内的風景
 2007年8月2日  第2回 ...続きを見る

ブログ気持玉 / トラックバック / コメント

2007/08/02 17:39

トップへ | みんなの「評論」ブログ

荻崎正広World 評論のテーマ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる