(短編小説) 果肉の中の波の声

 第38回 (その22)
 ビールをグラスにもう一杯飲んだ。そろそろ切り上げなければならない時間だった。久し振りに自分と穏やかに語り合えた。なかなかいい店だった。沢崎は腰を上げた。

 特急電車の出発まで10分程間(ま)があった。沢崎は駅前のベンチに腰を下ろし、辺りにぼんやり眼をやった。と、通りの向こう側に、男の二人連れが現れた。例の建物の中で沢崎を追い払った当の男と、彼のテーブル近くに立つのを目撃した男だった。その連れの男は、断言はできなかったが、あのサウナで話していた男とはやはり別のようだった。
 二人は、沢崎が今出たばかりの食堂の前で何事か話をしてから、中に消えた。消える前に、当の男が、沢崎が座っている駅前の側に眼を投げた。唯、沢崎の姿が眼に入ったかどうかは分からなかった。
 今から飲食をするということは、彼らは沢崎が乗ろうとする電車とは別なのだろう。もっとも、車で来ているかもしれないし、今日帰るとも限らないだろう。
 沢崎は、さっき自身が座っていた席に彼らが着くのを想像した。ほんの少し覗いてみたい欲求が走ったが、さすがに実行しようとまでは強まらなかった。

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