アートに欲情しよう!

(その10) 内藤ルネの巻
 内藤ルネ(1932~2007)の死はまだ記憶に新しいが、彼は雑誌「薔薇族」には最初のうち、佐原サムの名で登場した。「ひまわり」などの少女雑誌を発行していた中原淳一(1913~1983)に師事し、主(おも)に少女たちを描くイラストレーターとして人気のあった内藤ルネが、ゲイ雑誌に同じ名前で描くのは、やはり抵抗があったのだろう。
 画面右手一段目は、同誌1981年3月号に、佐原サム名で掲載された『腋(わき)を見せる裸と学生服』(題名は荻崎による)という作品だ。
画像
 私は右手の学生服の若者の顔に惹かれる。凛々(りり)しさと素朴さが溶け合って、初々(ういうい)しく澄んだ色気が放たれている。学生服を脱がせば、若者にしては厚めの肉が行き渡った、みずみずしく締まった総身が現れるだろう。
 幾分はにかみを浮かべながら横たわった若者の、胸元や尻に手を這わすと、飛び切りの肌触りが手のひらを通して体の隅々まで伝わって、記憶の芯に刻印されるに違いない。
画像
 右手二段目は、内藤ルネが描いた、「薔薇族」1995年7月号の表紙だ。彼は1984年2月号から1998年9月号まで、14年半以上もの長い期間、「薔薇族」の表紙を描き続けた。最初の号から内藤ルネの名を用いている。自己の性の指向を真正面から受け入れ、内藤ルネの名で隠さず堂々と、真に描きたいものを発表しようとする彼の心根が伝わってくる。どの号も作者の思いの丈(たけ)が込められた力作だ。
 それら170余枚もの中で私が最も惹かれるのが、この二段目の作品。恐らく作者にとっても会心作だったのではと思う。紺碧の空と白い灯台。前景の、白いランニングシャツを着た若者の陽に焼けた顔と上半身。色彩的にもくっきり鮮明で、遠近感を巧みに取り入れた構図もすっきりと安定している。
 一段目の学生服の若者よりやや細面か。しなやかで若々しい裸に手を置いた途端、生きのいい魚に触れたように、ぴくっと手が弾(はじ)かれそうほどだ。と同時に、置いた私の手をしっとり吸い寄せるだろう。(この若者がお前に触らせる訳がないだろうという声は脇に置いて)(笑)。
画像
 右手三段目は、「M氏の夢コレクション4」の「白きバスローブの伯爵」と題された文章に付されたイラストである。(「薔薇族」1992年9月号)
 1992年6月号から連載が始まった「M氏の夢コレクション」の中で、内藤ルネは、上記9月号も含め、「伯爵」と「少年奴隷」という組み合わせの作品をしばしば掲載している。鎖に縛られた少年奴隷の絵などもっとハードな図柄も幾つかあるが、描かれた伯爵と少年の両方に私がそそられるという点で、この絵を選んだ(笑)。
 こうした作品の中で、作者は明らかに伯爵に自身を重ね合わせながら、広壮な館(やかた)の中で、狩り集めた気に入りの少年奴隷たちと、思うがままに性の饗宴(きょうえん)を繰り広げる。これらの作品を描く中で、作者は自己の中の性の深層に湛(たた)えられている、若い男に対するサディスティックな欲望を存分に解き放っているのだろう。描いている間は、内藤ルネにとって至福の時間だったに違いない。
 三段目のこの絵では、少年の、運命を決然と受け入れている風な表情とやや細身の滑らかな上半身、伯爵の幾分憂いを含んだ渋い壮年の顔、それらに私は惹かれる。私自身の願望を言えば、伯爵に一切を挙げて心から仕える少年と、少年のすべてを意のままに支配する伯爵の両方に、時に応じてなってみたい。(それだけでなく、少年奴隷に心底仕える伯爵にもなりたいな)(度しがたい欲張りか)(笑)。
 「薔薇族」2005年10月号、同11月号に載る、同誌編集長伊藤文学氏との対談『私の「黄金の6年間について、お話しましょう」』の中で、内藤ルネは、M君との至福の6年間について語っている。(同誌2008年冬号再録)
 自宅に同居させたM君に対してサディスティックに君臨し、仕えさせる生活だったという。上記の伯爵と少年奴隷の関係を彷彿(ほうふつ)とさせる、まさに「黄金」の日々だったようだ。この対談でもうかがえるが、内藤ルネの率直さ、正直さに私は共感を覚える。
 この体験は、上記「M氏の夢コレクション」の連載よりずっと以前のことのようだ。この実体験が、「M氏の夢コレクション」の中の「伯爵」と「少年奴隷」についての夢想やその描写に、陰に陽に影響を及ぼしただろうことは想像に難(かた)くない。
 更に一つ付け加えると、内藤ルネが描いた「薔薇族」の表紙絵の中の若者たちの多くが、よくよく見ると、どこかしら哀感を漂(ただよ)わせているように見えるのは(中でも彼らの目にそれを一番私は感じるが)、作者のこうした深奥に息づく欲望の投影と言えるかもしれない。
画像
 右手四段目は、少女雑誌「ジュニアそれいゆ」の1960年9月号の表紙。(河出書房新社「内藤ルネ 少女たちのカリスマ・アーティスト」(2002年6月刊より転載)。内藤ルネが少女雑誌の人気作家だった時代をうかがう参考になればと思う。
 本シリーズの「(その4) 栗浜陽三の巻」でも触れたが、内藤ルネにとっても少女(女性)たちは自らの性的欲望の対象ではないからこそ、生々しさから解放され、いい意味の絵空事として美化された彼女たちを描き出すことができたのだろう。加えて、からりと明るく軽やかな絵柄が、より受け入れられやすいことも手伝って、より多くの女性たちの共感と人気を呼んだと思われる。
 そうした彼の技量や持ち味が、現代の少女マンガやアニメのキャラクター、フィギュアなどの少女(女性)文化やグッズ(商品)につながっていく源に、内藤ルネを位置づけることにもなったのだろう。(実のところ、私はこうした面にほとんど知識はないのだが)
 ゲイ・アーティストとしてではなく、 一般的、世間的には、内藤ルネはそうした少女(女性)文化の担い手として、かつても今も多くの光を当てられているのが現実だ。 
 四段目の画像の中の左に描かれた少年からは、右手の主役の少女に合わせる形で、一段目から三段目の絵とは異なり、作者の性の欲望が抜き取られている点が面白い。
 余談だが、しばらく前、東京の渋谷に開店した、内藤ルネの様々なグッズを扱う店に私は行った。彼が描いた、首が長くほっそりした姿の少女たちがデザインされたカップを一つ私は買った。ココアを飲むときに使っている(笑)。
 それより以前、別の場所で、やはり彼が描いた男の子をかたどった陶器の貯金箱を購入したことがある。顔と姿に愛嬌があって好ましい。こうした類いのものもほかのゲイ・アーティストにはない、内藤ルネの幅広さの表れだろう。

 「腋(わき)を見せる裸と学生服」 (約)縦21.5×横21.0(cm)

荻崎正広コレクション ゲイ・アートの家」では、上記の作品を含め内藤ルネ(すべて佐原サム名)の原画を、6点所蔵しています。
                            (2009.4.21)

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 8

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い
ナイス
かわいい かわいい かわいい

この記事へのコメント

遠方の者
2009年04月24日 14:00
アップが久々にされ安心しました。
これからも楽しみにしています。

この記事へのトラックバック

  • 欲情の作法

    Excerpt: 欲情の作法渡辺 淳一価格:¥ 1,155 (Book)(参考価格:¥ 1,155... Weblog: 本ナビ!映画ナビ!音楽ナビ!3 racked: 2009-05-03 22:11