日本の男たちの尻をさかのぼるーその蕩(とろ)けと安らぎ

画像(その1) 黒石寺蘇民祭の中の尻と顔
 今号の執筆のきっかけは、マーガレット(小倉東)氏が「ホモ本ブックカフェオカマルト」というツイッターの中で、【今日の転入生】末武保政『黒石寺蘇民祭』を取り上げていたことだった。(2018.7.20の号)
(この号の中では、「大黒寺」と誤記されているが、10.30の号で訂正されています)
ああ、こういう本があったんだとまず思った。岩手県の黒石寺蘇民祭には以前から関心があった。インターネットの画像を始め、後述する、矢頭保『裸祭り』という写真集も所持し、折に触れて何度となく目にしていた。
早速、インターネットで検索し、本書が入手可能なことを知り、アマゾンを通して取り寄せた。
『黒石寺蘇民祭』 末武保政(すえたけ・やすまさ)著 (昭和51(1976)年3月、文化総合出版刊)
本書の中には、数多くの写真が掲載されているが、撮ったのは佐々木稔(昭和10(1935)年生まれ)と本書の中に記されている。末武氏は水沢(現在は奥州)市、佐々木氏は奥州市に近い江刺市(現在は同じく奥州市と合併したようだ)在住とのこと。二人は地元の祭りについて著述し、写真に収めたことになる。
画面上段の画像は、上記【今日の転入生】の中に小倉氏も載せているが、本書に載っている多くの写真の中で、私(荻崎)が最も引き付けられたものだ。
口絵写真として使われている作品の一つで、本書巻末に、「蘇民袋争奪」(一)、(拝殿)と説明がある。(ただ、以下の画像同様、本書の中に印刷されている写真の全体ではありません)
取り分け、右から二番目の男の尻と顔がいい。日頃の仕事などで鍛えられているのかどうか、量感のある右の尻たぶが(右の二の腕も)、弾(はじ)き返すくらい、形よく盛り上がっている。尻全体の形が分かれば越したことはないが、そうなると一番右の男のように顔が分からなくなってしまうだろう。
地元の男かどうか、どこかしら質朴で意志の強そうな顔つきにも惹(ひ)かれる。
画像
二段目の画像は、本文の中に載っている作品(P.56)で、「蘇民袋争奪(その一)」と添えられている。一番右の男の締まった尻がいい。総身もこりこり締まっているようだ。

私は自身の好みのままに、上記の2点の画像を選んだが、本書には、仏像や建物も含め、黒石寺蘇民祭の全貌を伝え、残したいという、佐々木氏や末武氏の意思や願望を深く静かに伝える、数多くの様々な写真が掲載されている。
画像
三段目と四段目の画像は、矢頭保(やとう・たもつ)(1928《昭和3》年~1973《昭和48》年)の「裸祭り」(美術出版社 1969《昭和44》年刊)に載っている作品だ。
(矢頭保ついては、もう10年以上前になるが、当ブログ「アートに欲情しよう! (その8) 矢頭保の巻」でも取り上げています。三段目の画像も載せています。参照していただけたらと思う)



画像同じ裸祭りの渦中の男たちを撮っているが、矢頭の男たちの裸身からは、おのずから、一段と濃くしっとりした官能性が伝わってくる。
上記二つの書物の刊行年代からすると、矢頭が撮った方が何年か前ではと推測される。
三段目の、太い綱をつかむ男の、渾身の力を込め、しなる総身の筋肉という筋肉からから伝わってくる緊迫感は圧巻だ。本書の箱や表紙にも使われていることからも、矢頭にとっても最も愛着のある会心の作だっただろうと私は思う。
四段目の画像では、右上の男の、厚めに四角ぽく締まり盛り上がった尻の形が、もろに私の好みだ(!)。
画像
五段目の画像は、稲嶺啓一(東風 終《こち・しゅん》)の、「打ち寄せる裸群ー蘇民祭(黒石寺)(岩手県奥州市)」という写真だ。2002(平成14)年頃撮ったという。上述の写真に比べるとかなり新しいことになる。一番左前景の男の、しっとりと締まった尻の両たぶと腰へと流れる線と肌合いに色気がある。
私が運営している、「荻崎正広コレクション ゲイ・アートの家」でも展示している。(ホームページには、掲載されていません)

上記、末武保政著『黒石寺蘇民祭』の中に、「日本の裸祭りは、みそぎとか年占いとか、通過儀礼とか、祭りのお神輿かつぎとか、様々の姿で残されているが、これらの民俗のなかに男性の裸体を神聖なものと考えた古代信仰が、今も強く生き続けているのをみることが出来る。蘇民行事は、その呪術的な性格から年占いとか通過儀礼と結びつき裸祭りとなったものであろう。
岩手を別にすると、蘇民の祭りは、岡山西大寺の会陽(えよう)、大阪四天王寺の「どやどや」、福島県柳津(やないず)虚空蔵の裸詣りなど数える位しか残っていない。」(P.101)という文章がある。
また、本書の中に、黒石寺蘇民祭について「裸祭だということで奇祭のように言われているが、そんなものではない。日本人が大昔から、裸体でこそ、俗っぽい穢れを落せる、種々の内的外的罪障をはらい落した身体になれるのだと信じて来た、一般的信仰の古態を示すものに過ぎない」(P.4)という和歌森 太郎氏の文章も載っている。
蘇民祭の蘇民は蘇民将来(そみんしょうらい)という人名から来ているが、本書のP.13にも載っている備後国風土記に記されている。私は以前、「風土記」(日本古典文学大系2)(岩波書店刊)で読んだことがあった。兄弟で登場するが兄の名前だ。
黒石寺のホームページにも説明がある。
末武氏は本書の中で、「遠く西域に発した牛頭天王、蘇民将来信仰は、仏教,陰陽道によって修飾され多彩となり、山伏修験たちの媒介により民俗行事として深く人々のなかに定着していったのである。」(P.88)と書いている。
ちなみに、「西域」(せいいき)(サイイキとも)は広辞苑(岩波書店)では、中国の西方諸国を中国人が呼んだ汎称(後半は略)と説明されている。
海の向こうのはるか遠くの地から、古い時代にもたらされた事柄や信仰が、日本の地に根づいていったようだ。
ただ、浅学で了見が狭い私は、正直なところ、蘇民祭の歴史や背景などにさほど関心を寄せることができず、もっぱら祭りの渦中の男たちの裸身に吸い寄せられるばかりだ。
私に似て、蘇民祭の男たちの裸に引き付けられたことがきっかけで、黒石寺以外でも行われている他の蘇民祭や近似した祭りなども含め、由来や実態その他を広い視野の中で捉える研究者が出現すればいいのになと勝手ながら思う。
(もしかすると、私が知らないだけで、すでに存在しているのかもしれないが・・・)

本書を読んでいて、「えっ」と意外な感を覚えたことがある。フランスの作家ジャン・ジュネ(1910~1986)の言葉が、二度引用されていたことだ。れっきとした同性愛作家ジュネの言葉が・・・。
「もはや伝統は存在しない。なぜなら自然が死んだからである。なぜ自然が死んだか。超自然が死んだからである。」(P.17)
「明治維新以後、蘇民将来の信仰が急速に衰え姿を消していったのは、明治政府のこのような山伏修験を廃絶しようという姿勢によるものであった。それはまた、近世から現代への時の流れというべきであろう。かくてジャン・ジュネのいうように、超自然は死んだのである。」(P.89)
私はジャン・ジュネ全集全四巻(新潮社刊)を所持している。改めて読み直した訳ではないが、この全集の中には載っていない言葉だろうと思う。この全集は1967年5月から1968年2月にかけて刊行された。恐らくそれ以降、ジュネが評論か講演などで言った言葉ではないかと私は推測する。
ジュネの言葉を自著の中で引用する末武氏なら、自著を私のような観点から読み取り上げることも、苦笑しつつも寛大に受け止めてくれるのではないか・・・。
写真家の佐々木氏も、苦々しさは覚えつつも、こうした見方もあるのかと大様に捉えてくれるのではないか・・・。
と、私は自身につごうよく考える。
末武氏は現在何歳だろうか。本書の著者略歴には生年は書かれていない。インターネットで検索したが、生年は見つからなかった。
佐々木氏は、上に記したが、昭和10年生まれ。現在は83歳か。
二人とも健在だろうか。

黒石寺の蘇民祭は、当寺のホームページによれば、旧正月(旧暦の1月・・・荻崎注)七日夜半から八日早暁にかけて行われる。新暦の現在では、行われる日はその年によって異なるようだが、2月に行われることが多いようだ。

ちなみに、「黒石寺」の読み方について。
当寺の英文のホームページには、
「Kokuseki-ji」と表記されている。「こくせきじ」だ。「こくせきじ」が正式なのだろう。
ただ、本書に載っている座談会の出席者の一人の方が、「寺の名前はコクセキジといっているが、本当はクロイシテ゛ラだろうね」(P.23)と発言している。
私ももう何年か以前、この寺の名前を初めて目にしたときは、「くろいしでら」と素朴に(!)読んだ。
これも黒石寺のホームページによると、黒石寺は、岩手県奥州市水沢区黒石町にあるのだが、「黒石町」は英文のページでは、「Kuroishi-cho」と表記されている。
おそらく地元では、黒石寺は音読みと訓読みの両方の言い方が使われているのではと私は推測する。
私は実際に黒石寺の蘇民祭を見たことも、当地を訪れたことも一度もない。今後、果たして足を運ぶことがあるかどうか、分からない・・・。

本書の巻末に、参考文献として矢頭保の『裸祭り』が『裸祭』として載っているが、「矢頭」が「矢野」と誤植されていることに気づいた。

久し振りの更新。長くなってしまった。読んでいただいた方、多謝。
また尻か、代り映えがしないな、という声が聞こえてきそうですが・・・。
(その2)(その3)と、あと2回書く予定です。

(2018.11.23)























































































































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この記事へのコメント

雄尻
2018年12月11日 16:53
俺、4枚目右、5枚目左の尻が好きだな。
荻崎正広
2018年12月12日 12:32
雄尻様
コメントありがとうございます。
私と好みが似ていますね。
プリけつ好き
2018年12月23日 01:46
一枚目の中央の人は、さらっとした尻で、5枚目左の男性は成熟した尻ですね。
それぞれ魅力ありますね。
最近、銭湯やスーパー健康でも形のいい尻の人をよく見かけます。
荻崎正広
2018年12月24日 00:39
プリけつ好き様
コメントありがとうございます。
「さらっとした尻」という言葉にはなかなか味がありますね。

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