アートに欲情しよう!

 私のコレクションの中から(時に、写真集や雑誌も含め)、一作家ずつ取り上げ、もっぱらその作品のどこに、何に、私自身が欲情をそそられ、煽(あお)られ、惹(ひ)きつけられるかという事柄を中心に論じていくシリーズです。どうぞお付き合いください。
(なお、作品名は、原題と書かれているもの以外は、原題が付されていなかったり不明なために、荻崎が自由に付けたものです)

(その1)  平野 剛(ひらの・ごう)の巻画像
 平野剛の伝記的な事柄についてはほとんど何も分かっていない。田亀源五郎氏の「日本のゲイ・エロティック・アート vol.1」(2003.12 ポット出版)にも書かれているが、私自身「薔薇族」編集長の伊藤文学氏からほぼ同様のことをお聞きした。謎に包まれた画家の一人だ。(田亀氏の同書によって、少なくとも、2003年までは生存されていたことがわかる)
 上段の絵の、手前の壮年の男の、肉が厚めに締まった、なんとも旨(うま)そうな体。顔もどこか質朴な感があって、私には好ましい。褌だろうか、柔らかな布地が、隆々と反る大振りな男根をなぞりながら、しっとりと包んでいる。私は時に、この布地が妬(ねた)ましくなる。
 一度こんな男と絡んだら、体の隅々まで深々とした快楽の記憶が染み込んで、なかなか忘れることができなくなるだろう。叶わない望みだろうが、私としてはこの男の描かれた尻もぜひ見たい。
画像 下段の、後背位でざっくりと交わる二人の若者。顔といい体といい、ともに申し分ない二人の若い牡(おす)。掘っている男の大きく形よく盛り上がった尻と太股(もも)の陰影の描き方が、一段と見る者の目を誘い込む。
 これらの二作品もそうだが、平野剛の絵では、交合する男たちの多くは、目を閉じている。目をふさぐことで、男たちは今この時の交合のもたらしている快感を、体と心で一滴残らず味わい、更に、互いに己(おのれ)の好むままに快楽の想念を広げ、それを追っているかのようだ。そうすることで快楽の極みまで行こうとする…。
 男たちの目をふさぐことで、作者の側も同様に、描きつつ、快楽の記憶を果てまで追おうとしているのだろうか。
 
 上段…「壮年の二体の男(鉢巻をする)」(鉛筆、彩色、或いは水彩も用いられているか) サイズ(約) (縦)30.2×(横)38.3cm
 下段…「若い二体の男(太股に手を置く)」(鉛筆) サイズ(約)
(縦)31.4×(横)42.5cm
(「荻崎正広コレクション ゲイ・アートの家」では、平野剛の原画を、これらの2点も含め、合わせて6点所蔵しています)






 


















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