テーマ:共喰い

田中慎弥(たなか・しんや)著『共喰い』を食(は)む

(その5) (最終回) 円の葬儀後の、本作の最後に近い場面で、遠馬は千種に対し「もうやらんけえ」と言う。これからはもう千種に暴力は振るわないという遠馬の言葉は、少なくともこの時点では彼なりの本心だと考えていいだろう。実の父親が実の母親の手によって殺害されるという異常な事態の渦中に置かれているのだから。それでもなお、私はどこかしら取っ…
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田中慎弥(たなか・しんや)著『共喰い』を食(は)む

(その4) 視点が変わるが、本作の特異性の一つは、時間の流れについて作者の執拗なまなざしが感じられることだろう。川辺を流れる時間は、滞ったり、遠回りしたり追い越したり、止めたり殺したりも出来そうになったり、熱で崩れて、溶け出しそうになったり、太ったりしたりと、何かもう一つの物質めいて、川辺の風物や人々の暮らしの中に深く浸透し、それらと…
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田中慎弥(たなか・しんや)著『共喰い』を食(は)む

(その3) 私自身の体験になる。もう何十年も過去のことだが、その頃関係していた年上の男に交合のさなか、それ程強くはなかったが、一度いきなり頬を張られたことがある。私はややむっとした。男は「それなら、別れようか」と言い、更に「おまえが余り俺のものだというから・・・」と付け加えた。 特に怒りを覚えたというほどではなかったが、叩くなら…
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田中慎弥(たなか・しんや)著『共喰い』を食(は)む

(その2) 一方、息子の遠馬には私はまるきりというくらい色情が起こらない。遠馬の体や顔については一つも記述されていないため取っ掛かりがないという面もあるにしても、作品全体を通しても私は彼には欲情を覚えない。別段、私がもともと年配の男が好きで、17歳の若者には惹かれないからという訳ではない(笑)。私の好みの対象には老若の差はまずない…
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田中慎弥(たなか・しんや)著『共喰い』を食(は)む

(その1)  第146回芥川賞を受賞した本作を当ブログに取り上げようと考えた最大の理由は、私(荻崎)が本作に登場する主人公篠垣遠馬(しのがき・とおま)の父親篠垣円(まどか)に色情を覚えたからだ。ちなみに、私は本作を「文芸春秋」2012年3月号で読んだ。作中、魚屋を営む母親の仁子(じんこ)(一緒ではなく近所に住んでいる)の年齢が60…
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