テーマ:円谷順一(大阪のおっちゃん)

更なる円谷順一

(その3)(最終回)  画面左上段の人物を、円谷順一(えんや・じゅんいち)は数多く撮影している。このモデルの場合も含め、多くは撮影年月日が記されていないために、確かなことは分からないながら、何年かに渡って彼を撮ったようだ。前回(その2)で取り上げた「お助けおじさん」ほどではなかったにしろ、円谷にとっては気心の知れたモデルの一人だったの…
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更なる円谷順一

(その2)  左上段の画像の中の、両手を縛られ尻を据えている人物は、「お助けおじさん」と呼ばれ、円谷順一(えんや・じゅんいち)の年下の親しい友人だった。彼は円谷の写真の中に他の誰よりも多く登場し、数多くの男たちとの絡みの姿を残している。相手役が必要なモデルを撮影する時、円谷は気軽に声をかけることができたのだろう。(付け加えると、彼単…
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更なる円谷順一

(その1) 当ブログでも既に何回か取り上げているが、大阪のおっちゃんの通称で知られた円谷順一(えんや・じゅんいち)は、1971(昭和46)年10月、54歳で死去した。大阪府枚方(ひらかた)市に居住し、写真店を営みつつ途方もない数の男たちの裸を撮り続けた。  昨年(2013年)5月、私(荻崎)は新たに65冊ほどの円谷アルバムを入手…
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東京を撮った円谷順一

 2007年に入手した円谷順一(えんや・じゅんいち。通称 大阪のおっちゃん。 1971《昭和46》年10月死去。享年54歳)のアルバムの中の一冊を見ていた時、それまでは特に見なかった何枚かの写真の裏に、円谷の手で簡略にメモが記されていることに気づいた。(それぞれの写真の上の一部分にだけ糊付けされていることが多いために、裏を見ることは割に…
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1971年の円谷順一

1971《昭和46》年は、写真家円谷順一(えんや・じゅんいち)(通称 大阪のおっちゃん。大阪府枚方(ひらかた)市に住む)が亡くなった年だ。(同年10月12日、胃がんにより死去。享年54歳) 同じ年の5月と8月に彼が東京で撮影した写真を、私は今年(2012年)の6月に入手した。写真の裏に、「46.5 東京三社祭」、「46.8 東京 …
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「風俗奇譚」の中の円谷順一

(その2) 円谷順一(えんや・じゅんいち)(1971<昭和46>年10月死去。享年54歳)が「風俗奇譚」(ふうぞく・きたん)に写真を掲載するきっかけを作ったのは、間宮浩(まみや・ひろし)(2002年死去。享年72歳)ではなかったかと、私は推測する。間宮は藤田竜と一緒に、円谷が亡くなる一週間前に、枚方(ひらかた)(大阪府…
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「風俗奇譚」の中の円谷順一

(その1) 昨年(2010年)10月下旬と今年(2011年)の1月下旬の二度、風俗資料館(東京都新宿区揚場町)に足を運び、雑誌「風俗奇譚」に円谷(えんや)順一(通称 大阪のおっちゃん)(1971<昭和46>年10月死去。享年54歳)の写真がどのように掲載されているかを中心に調べた。  「風俗奇譚(ふうぞく・きたん)」…
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「円谷順一」探訪行

(その6) (最終回) 今年(2010年)5月の藤田竜氏との電話で、円谷(えんや)順一が大阪の枚方(ひらかた)に住んでいたことを知るまでは、私は円谷の住まいは枚方か寝屋川(ねやがわ)のどちらかだろうと推測していた。(枚方市と寝屋川市は隣接している)。  (ただ、これは藤田氏との電話以降に分かったのだが、「薔薇族」(第二書房刊)10…
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「円谷順一」探訪行

(その5) 左上段の画像は、私が所蔵する円谷順一のアルバムの中の一枚だが、私はこれまでに見た数多くの彼の写真の中の被写体としては、この二人に最も強く惹かれる。(尺八をしているのは「お助けおじさん」、もう一方の若者も私のHPに立ち姿のものを載せている)  交合しているモデルの双方が私の好みのタイプだという例は、この組み合わせだけだ…
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「円谷順一」探訪行

(その4)  今回の枚方行から得たものではないが、円谷順一が撮った数多いモデルの中で、私が最も重要だと思うと同時に強く惹かれる人物について述べたい。左上段の画像の中の、腰を落として尺八をしている人物だ。(立っている若者の陰部は、雑誌自体黒く塗られている)(笑)。  この画像は、「薔薇族」138号(1984<昭和59>年7…
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「円谷順一」探訪行

(その3)  最初に(その1)(その2)で書き落としたことに触れておこう。 二日目に最初に訪れた家の女性に、私は念のため円谷が写っている写真を持っていないか尋ねた。やはり持っていないとのことだった。今のところ私には円谷の実(じつ)の容姿を知る手掛かりは、前回載せた藤田竜氏が描いた肖像画しかないことになる。 また、今年5月の電話…
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「円谷順一」探訪行

(その2)  二度目に枚方(ひらかた)を訪れた日に、直接話を聞くことができたピアノを教えている女性は、当時ピアノの発表会の写真を円谷に頼んだことがあるという。ところが出上がったはずの写真には何も写っていなかった。女性は当然ながらひどくがっかりした。  どんな事情でそうなったのか、円谷が何か言っていたかなど、この女性もほとんど覚えてい…
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「円谷順一」探訪行

(その1) 2010年10月下旬、私(荻崎)は、円谷順一(えんや・じゅんいち)(通称 大阪のおっちゃん)(1971<昭和46>年10月死去。享年54歳)が亡くなるまで住んでいた大阪府枚方(ひらかた)市を訪れた。京阪電鉄交野(かたの)線の宮之阪駅にごく近い所だった。(ちなみに、宮之阪という駅名は円谷が亡くなる年の6月に、中宮…
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「アドニス」「同好」「薔薇」の中の円谷順一

 会員誌であった「アドニス」、「同好」、「薔薇」に掲載されている写真の大半は円谷順一(えんや・じゅんいち)(通称大阪のおっちゃん)が撮影したものだった。 私(荻崎正広)のHPでも触れているが、円谷は1971(昭和46)年10月、54歳で死去した。生年は1916(大正5)年か1917(大正6)年ということになるだろう。これらの事実は、雑誌…
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