テーマ:(短編小説)記憶を彫る肌身

(短編小説) 記憶を彫る肌身

(その17)(最終回)  高桐は立ち上がり、ここ何年間、特別な事情がない限り土曜日にはまず欠かさず通っている、歩いて10分程のNサウナに向かった。  道々、あの少年ぽい清涼感のある男も含め、以前からひたすら欲しいと思う数人の男たちの映像が浮かんだ。今日こそ、少なくとも彼らのうちの一人と出会い、しかも高桐が手を出せば、渋々とであれ相手…
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(短編小説) 記憶を彫る肌身

(その16)  それから二ヵ月程経った、8月半ばの土曜日だった。高桐は上野の国立博物館で「遣唐使と唐の美術」展を見てから、ビールを飲み食事をした。その後、上野駅の両側の出口をつなぐ広い橋の片隅に腰を下ろした。取り留めのない思いが高桐の裡(うち)を占めた。  これまでの生涯を振り返ると、好みの中の好みの、なんとしても手中にしたいと感じ…
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(短編小説) 記憶を彫る肌身

(その15) 相手の男は高桐が彼の体に触るのを拒もうとして、彼の体の向きを変えようとしたり、彼の尻を高桐から防ぐような仕草を何度かしたが、ことさら邪険に振り払うという程ではなかった。  彼らはじっと抱き合っては、ごく小声で言葉を交わしたりしていたものの、尺八をしたり、尻を掘ったりなどの明らかな形の交合は何故かしなかった。はっきり…
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(短編小説) 記憶を彫る肌身

(その14)  長浦港に行く数日前の、5月最後の土曜日、同じこのサウナで会った時、彼が大部屋の上段のベッドで、明かりが暗くされているために顔はよく分からなかったが、同じ年頃らしい男と絡み合っている最中、何度かそっと手を出すことができた。尻、太股、脛(すね)や足の裏などに、手だけでなく口も押し当てることができた。 こんなに何回も触る…
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(短編小説) 記憶を彫る肌身

(その13)  道々、働いている男たちの姿は何人か眼に入った。しかし、佃島に行った時と同様、漁師の血を引き海や土の匂いのする高桐好みの、質朴で色っぽさのある男は一人もいなかった。まだ何時間も経っていない筈だが、先程、高桐の方から声をかけ、老人と言葉を交わしたが、あんな風に自然な形で好ましい男と知り合えたら申し分なかったが。  あの老…
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(その12)  気温が高めの中で、海風は快かった。岸壁近くに腰を下ろし休んでいた相当な高齢だと見受けられる男性に聞くと、この辺りは第二次大戦中は海軍の資材置き場になっていたとのことだった。  それよりもっと以前は、半農半漁の土地だったという。高桐が見たいと望んだ光景は、その当時なら眼前に広がっていただろう。  老人はこのごく近辺の…
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(短編小説) 記憶を彫る肌身

(その11)  今、佃島に居住する老若の男たちや女たち、更に佃島を訪れている人々の中に、好みの男を求めて通りをうろついている高桐のような男がいるかもしれないなどと思いを巡らす者は、誰一人としていないに違いない・・・。  佃島を歩いている己の有り様(よう)が、ほかの土地にいる時以上に、やや大仰な感懐ながらこの世に何のつながりも居場所も…
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(短編小説) 記憶を彫る肌身

(その10)  高桐が佃島という土地に惹かれていたのは、江戸時代以来の漁師の血を引く、男くさく、潮の匂いのする質朴な男にひょっとすると出会えるかもしれないという密やかな思い入れがあったからだった。東京湾に注ぐ隅田川の河口にあって、埋め立てで出来上がった島というのが、高桐の乏しい知識からなる佃島の映像(イメージ)だった。佃煮の発祥地であ…
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(その9)  男が高桐の誘いを受け入れ、高桐の住まいを訪れ、部屋で二人で向かい合う光景が高桐を陶然とさせた。そうなれば後は俺の思うがまま、やりたい放題、あの眼の眩みそうな最上質の裸を独り占めできる・・・。  ただ、そんな独り善がりの空想に浸(ひた)れば浸るだけ、現実との間に距離が広がるだけなのか。それともたとえ独り善がりにしろ、濃く…
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(その8)  怒気を含んではいないが、ややうるさげに、「えっ、そうだよ、何で」とか、「そうでもないよ」などの声が素っ気なく返され、それ以上は取り付く島もなく、さっさと高桐から離れていきそうな気もする。そうなったら最後、恐らく二度とあの男と関わることはできなくなるだろう。  それとも「今日は一人ですか」に対し、高桐を真っ直ぐ見返し、「…
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(その7)  彼の風貌なら、高桐に限らず、欲望を煽(あお)り立てられる男たちも決して少なくはないだろう。仕事での関わりその他、周囲の男たちから陰に陽に誘われ、切願され、挙句、体の関係を持つことがあっても少しも不思議ではなかった。男同士でなければ得られない快楽の領域に、彼の中の何割かがじわじわ踏み入りつつあったと想定しても、荒唐無稽(こ…
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(その6)  高桐は殊更髭を伸ばしている男に惹かれるということはなく、むしろ、どちらかといえば髭のない男の方が好ましさを覚えることが多かった。ただ、三十年前の赤羽の男もそうだったが、特にこの男には口元の短めの髭がよく似合い、きりりと男っぽくしかも愛嬌のある風貌を引き立てていた。  一家が買い物を終えようとしている場面は高桐の記憶に残…
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(その5)  人は度外れて激しく惹きつけられる相手と、人生のある時期、ほんの束の間交差するだけで、それ以外のほとんど総ての時間は、互いにまるで無縁のまま日々を過ごすことになるのだ。無論、あの男の側からすれば、高桐という見も知らぬ男の記憶の中に、己(おのれ)の存在が生涯強く濃く焼き付いているなどとは知りようもないのだ。  高桐には…
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(その4)  そんな骨身にこたえる苦(にが)さを味わった更に一年位前、高桐が横浜に住んでいた頃、最寄の駅近くにあった銭湯で見た壮年の男に惹かれ、男より早く出て、銭湯の玄関口で男が出てくるのを待ち、思い切って話しかけたことがあった。 「気安く話しかけるんじゃねぇよ」 男は怒気を含んだ表情と口調で、高桐に荒々しく言葉を投げ返した。 …
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(短編小説) 記憶を彫る肌身

 (その3)  高桐は、この日までに頭の中で何度も繰り返した言葉を喉元で待機させていたものの、結局、男に一言(ひとこと)も声をかけられなかった。刻々募る気後れや動悸を乗り越える力がなかったのだろう。現に生身(なまみ)の彼の姿を前にすると、その彼に誘いの言葉を口に出し、彼と何らかのつながりを持つという事態が、現実には到底起こり得ない白昼…
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 (短編小説) 記憶を彫る肌身

 (その2) 中背で、衣服の上からも、骨太で腰が据わり、締まった切れのいい厚めの肉が全身に行き渡っている様が見て取れた。  通りを歩いていて最初に眼に入れた時は、絵に描いたように俺の好みに寸分たがわず当てはまる男が、現にこうして自分の住まいの近くにいたんだ、世の中にはこういうこともあるんだという風な感慨に浸(ひた)された。その後…
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(短編小説) 記憶を彫る肌身

 久し振りの更新です。2008年の最初は、2006年6月に書き終えた、短編小説を載せることにしました。一旦書き上げたものを、半分近く短くしたために、作中の日付が少し古くなっています。私なりに愛着のある作品です。  お読みいただいて、感想など寄せていただけたら、うれしいところです。  遅くなりましたが、本年もよろしくお願いします。 …
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