テーマ:記憶の吊橋

(短編小説) 記憶の吊橋

(その12) (最終回) 《無論、露原は生きているし、俺は必ず露原に会う。それがいつになるかは分からないが、必ずどこかで露原に出合い、露原のあの火照る最上の肌身を手中にする。何があっても、俺がおまえにきっと叶えさせてやる・・・》そう何度も自身に言い聞かせながら、埼宮は更に二度、三度ゆっくり吊橋を往復した。  小学生の時に渡ることがで…
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(短編小説) 記憶の吊橋

(その11) 「昨日も聞いたけど、今はどこに住んでいるの?」 「おまえの知らない所さ」 「せめて住んでいる街の名前ぐらい知りたいんだ。知ったからどうしようということではないんだ」 「知らない方がいい・・・」 「この吊橋を渡って、露原の声が聞こえてくるそっちの対岸の山の土をもう一度踏めば、いつか必ずどこかで露原に会えるような気が…
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(短編小説) 記憶の吊橋

(その10)  西側に当たる対岸の山並みの向こうに隠れ気味の陽が、吊橋から一歩離れた埼宮の顔に射した。埼宮はさき程実際に土を踏んだ対岸の山肌に、人影の動く気配を強引に採り集めた。 「露原、やはりそこにいたんだ・・・昨日は釜無川、今日は尾白川渓谷・・・多分会えると思っていた・・・」 「おまえが無理やり俺をここに誘(おび)き出したんだ…
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(短編小説) 記憶の吊橋

(その9)  埼宮にはいつの頃からか、例えば男たちと肌を重ね欲情を解き放つ場面で、垂直に果てしもなく落下していく感覚と、同時に、水平に先へ先へとどこまでも伸び広がっていく感覚が混じり合うように感じられた。これら二種の感覚の最も大きな源は、もしかすると、小学生時分のこの地の周囲の景観も含めた吊橋での体験にあるのではと、埼宮は今改めて思っ…
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(短編小説) 記憶の吊橋

(その8)  埼宮は一歩一歩ゆっくり歩いて橋を渡り切り、対岸の山の土を踏んだ。小学生の時に来たあの日には、やっと二、三歩踏み出しただけで足の竦(すく)んだ橋を渡り切り、眼に収めたきり記憶の中の暗がりで数十年を越えて鬱然と立ちはだかっていた対岸の山を今、直(じか)に足で踏んでいた。「甲斐駒黒戸口尾根登山道」「尾白川渓谷道」の二つの道標が…
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(短編小説) 記憶の吊橋

(その7)  タクシーを降りたかなり広めの駐車場から山道を歩き、10分とかからない場所に吊橋があった。ワイヤーロープや木の板、鉄板などを用い、頑丈に作られていた。それでも橋板の上に立つと少し揺れた。幅は1メートル程で、橋全体は黒褐色に見えた。下を尾白川が流れ、川底は薄ら青味を帯びている。川床には白っぽい大きめな石が多かった。  埼宮…
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(短編小説) 記憶の吊橋

(その6)  あわよくばその男とどこか似通う男に、この釜無川のほとりにある温泉で出くわすことだって、満更有り得ないとは言えないのではと思いつつ、埼宮は武智鉱泉への坂を上った。三棟のどれも二階建ての小振りな建物から成っていた。が、無情にも、建物は閉ざされ、玄関口に本日休業の札が出ていた。臨時休業の札もあった。たまたまこの日が休みの曜日に…
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(短編小説) 記憶の吊橋

(その5)  川音が勢いを増した。風が下流に向って通り抜け、薄の原がひとしきりざわめいた。埼宮はもう一度川に手を浸してから土手を上がり、車に戻った。  再び釜無川に沿って下った。視野がやや広がり、向こうに集落の見える辺りまで来て、左手の小高い所に建っている武智(たけち)鉱泉と記された建物の近くで埼宮は車を降りた。さっきここを通った時…
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(短編小説) 記憶の吊橋

(その4) 「何年も会えなかったのに、こんな所で露原と会えるなんて・・・」埼宮は男の見開かれた眼に直(じか)に言葉を発した。 「おまえこそどうして今、この渓谷に来ているんだ。おまえは確か、埼宮・・・」 川音に流されることなく、男の声が届いた。 「名前を覚えていてくれたのか。東京でも横浜でもどこへ行っても会えなかったのに、思いも寄…
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(短編小説) 記憶の吊橋

(その3)  だいぶ戻り、再び舗装路になり、少し走らせた辺りで、埼宮は車を降りた。車を停めるのには好都合なかなり広い平坦な場所だった。埼宮は土手を降り川原に立った。さほど水量は多くはなかったが、水は澄み切っていた。手を浸(ひた)すと、予測した通り冷たかった。  子供の頃、もう少し下流だったが、二、三度泳いだことも含め、釜無川の水の冷…
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(短編小説) 記憶の吊橋

(その2)  普段、むしろ時に臆病なくらい慎重でいながら、時折、自分をふっと投げ出してしまうような行動に走ったりする気質が、幼い自分からそうした行為に既に現われていたと、今、埼宮は改めて感じる。ぐらつく足場のはるか下方に穿(うが)たれた、吸い込まれそうな谷川と、両岸、特に向こう岸に立ちはだかるしんと静まった暗緑色の山肌。その光景が埼宮…
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(短編小説) 記憶の吊橋

(その1)  釜無(かまなし)渓谷の奥へと道は通じていた。釜無川に沿う道は、途中から舗装が切れ、凸凹(でこぼこ)し波を打つ土や石ころが剥き出しになっている。埼宮(さきみや)はレンタカーの速度を一層落とした。右手の山並みは、採石のためか、山肌を何箇所も削り取られていた。左手の川原(かわら)にも、砂を採取されている場所が少なくなかった。工…
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