荻崎正広World

アクセスカウンタ

zoom RSS 《伏見憲明小説園》を歩く

<<   作成日時 : 2011/09/02 01:07   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

(その2)
画像(その1)でふれた「起承転結」の「承」に当たる、伏見憲明(ふしみ・のりあき)氏(1963〜)の小説第二作『団地の女学生』(「すばる」2008年9月号)は、第一作『魔女の息子』からおおよそ5年後に発表された。5年という異例ともいえる長い歳月を要したのには、無論、抜き差しならない様々な事情があったのだろう。
 私(荻崎)なりに推察できるのは、第一作ですべてを書き尽くし、やや極端な言い方をすると、もう小説の形で言葉にするものは自己の内にひと欠けらも見当たらないと作者は感じたのではないかということだ。
 (その1)でも引用したが、文藝賞受賞の言葉の中で、「小説が僕という人間にとって大切な何かであったことは、一度たりともなかったでしょう。そして、今もその実感はあまり変わりません」と自ら言明しているように、小説は第一作だけで充分だと痛感したのかもしれない。それくらい、『魔女の息子』は作者にとっても稀有(けう)な作品だったに違いない。
そのような中から生まれた 『団地の女学生』は、「起」に当たる第一作を承(う)け、結構も中味も思い切りよくずらされている。本ブログのタイトルの<園>に準(なぞら)えると、第一作が園内の本道だったのに対し、第二作はそこからそれた脇道に当たるかもしれない。
 語り手に近い、瑛子という離婚して団地で独りで暮らす84歳の老女の視点を通して、作品は進展する。彼女と同じ団地の隣りに住むのがミノちゃんと呼ばれる40歳の、体重百キロはある巨漢の男。彼(自称売れない作曲家)はゲイだが、世話好きで屈託がなく気楽に日々を過ごす、どこかコミカルな味わいの人物だ。
瑛子は郷里の群馬県高崎市にある実家の墓参りを久方ぶりに思い立ち、膝を痛め足が不自由なことから、ミノちゃんにアルバイトとしての付き添いを依頼する。
 高速の新幹線は瑛子の心臓にこたえるという訳で、普通列車に乗った二人の道行になる。退屈さも手伝い、絶好の機会とばかりに、ミノちゃんが携帯電話の出会い系サイトでメールのやり取りをする場面と、瑛子が往時を回想する場面などが交互に展開する。この辺りは第一作と近しい。
 車中、ミノちゃんがゲイであることをあっけらかんと瑛子に告げる個所があるが、第一作で「僕」が兄の娘(小学生)に告げる時の屈折した思いとの際立った対比が面白い。
 ミノちゃんはやり取りした何人かの男たちの中で、最終的に、19歳の現役の水球部の学生と、この日の夕刻、高崎駅前で会うことになる。この男の子もいいが、私(荻崎)には、学生時代に柔道をやっていたという165/70/30の男も捨てがたい(笑)。叶うなら、どちらとも、<園>の中の草や木々が生い茂った、人目に付かない辺りで、思う存分交わりたいものだ(笑)。
 
 高崎にはもう60年も会っていないが、かつて近くに住んでいた、聡という幼なじみがいた。聡はその当時、瑛子に恋情を抱いていたが、瑛子の側にはそうした感情はなかった。聡は自ら志願した戦地から帰還したものの、苛烈な戦争体験を引きずり、人が変わったように陰鬱になり、戦後の時代を失意のうちに過ごしていた。
 作品の終りに近く、墓参りを終えた瑛子が聡の家の近くを歩く場面が本作の山場だろう。その少し後の家人の言によれば、ちょっと惚けているはずの聡が、「おたく・・・瑛子さんじゃないですか」と声をかける。余りに変わり果てた男の姿や、確かに聡だと判別できないままに、瑛子は言葉を失い、家人に伴なわれ家の中に入る聡に茫然と目をやるしかなかった。
 「きっと自分はこの世の果てまで歩いて来てしまったのだ。ここは時間が終わりを告げる場所だ。ここから先に足を踏み出せば、私は川島瑛子ではなくなる」(P.96)
 本作の中で、私が最も深い奥行きと陰影を覚えるのがこの文章だ。死と地続きになったかのような生の果て・・・。生と死の間(あわい)に違いないものの、私には、生とも死とも異なるどことも知れない時空が一時(いっとき)出現したふうにも感じられる。聡はその時空にふっと立ち現われた幻か亡霊のようだ。いずれにしても聡は私には忘れがたい登場人物だ。
 私が本作に感じ取る「哀しみ」の色調は、この場面から一番濃く流れ出るのだろう。ちなみに前作『魔女の息子』が帯びているのは、さり気ないながら「凄(すご)み」かもしれない。
 最後に。
ミノちゃんのようなゲイとしての生き方、日々の過ごし方もあるのだと思えると、ゲイの読者には視野が広がったような、ほっと息が付け、肩の荷が一つ下りたようにも感じさせてくれるのではないだろうか。(私にはミノちゃんのようには、到底できなかったが・・・)(笑)。

(2011.9.2)

 
 
 
 
 
 
 
 

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 2
なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
《伏見憲明小説園》を歩く 荻崎正広World/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる