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zoom RSS 長谷川サダオ彷徨(ほうこう)

<<   作成日時 : 2016/08/27 13:34   >>

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画像(その3)(最終回) 果ての果てまで、男への色欲(しきよく)の霧が立ちこめる
 『薔薇族 330号』(2000《平成12》年7月 第二書房刊)に、「『聖』なる境地へ 仏画としての長谷川サダオの遺作《リンガ展》」と題したテルテル坊主氏の評論が掲載されている。(遺作11展の画像も載っているが、誌面ではすべてモノクロ。「薔薇族」のこの号を、私(荻崎)は所持していないため、画像の載るページは国会図書館でコピーした)
 2000年4月に成山(なるやま)画廊(千代田区九段)で行われた、長谷川サダオ(1945.8.15〜1999.11.20)の遺作展「リンガ」を観た感想などが書かれている。テルテル坊主氏の仏教に関する専門的で豊かな知識を背景にし、教えられることが多く、読みごたえがあった。
画面上段の画像は、「薔薇族」誌上ではモノクロのため、『バディ 2000年2月号』(テラ出版刊)から採った。(両ページにわたっているために、真ん中に縦線が入っていて恐縮です)
同号には、「Last Gallery 長谷川サダオ」と題して、この作品も含め3点がカラーで掲載されている。文面によると、「バディ」の編集部が彼に「書き下ろしを依頼した」とあるので、これら3点はすべて「バディ」からの依頼で描かれたのかもしれない。
 3点とも彼が終生の思いの丈(たけ)を込めて描き上げた作品だろう、と私は推察する。
上記テルテル坊主氏は、上段の作品について、「・・・青年はただの人間ではなくて、神的な存在として描かれているのです。また、花が空から降っています。これも場所を清浄にし、神仏を賛嘆するために行なう「散華(さんげ)」の表現です」と述べている。
画像
 画面中段の画像は、上記『薔薇族 330号』から採った。テルテル坊主氏は、愛染明王(ラーガラージャ)を描いたものだと指摘している。更に、この作品は長谷川サダオの画業の終着点とも考えられると記した上で、「私たちを最も歓喜の極みに導き、そして反対に最も苦しませる「愛欲」。これを「悟り」へと転換する愛染明王を描くことで、作者自身と、さらには本像を見る者の救済をも願ったのではないでしょうか」と述べている。
 長くなるが、もう少し引用させてもらおう。「もしかすると、青年を菩薩の姿で表現することで、今まで作者が出会ったモデルに対して、感謝の気持ちを込めたのかもしれません。『私の目に触れた美しい男たちよ、君らは私にとっての菩薩だったよ』と。・・・・『この絵に触れて淫乱な気持ちを起こしなさい。その感情を浄化して、至福の境地・悟りの世界へといざなってあげよう』とも。そして従来の作品にはついぞ見られなかった怒り顔をした明王像には、私たちすべての救済と希望と平安を伝えようとしている強い意図が感じられます。『愛しなさい、悩みなさい、苦しみなさい。すべての煩悩は悟りへの道。みんな救われるのだよ』と。作品を拝観していると、こんな言葉が聞こえてきました。・・・・」
 仏教の世界に深く踏み入った長谷川サダオの内側へ分け入り、彼が到達した境地とその思いを、テルテル坊主氏は長谷川サダオに寄り添いながら語っている。
 仏教美術(仏教図像学)を深く修得した長谷川サダオに驚嘆する一方で、そんなにまで深く仏教の世界に救済を求めた彼の心身の有りように、私は驚嘆の何倍も痛々しさを覚える。
前回の(その2)でも触れたが、自らが描き出した男たちの裸とその画面空間にますます深く濃く引き入れられていったことと呼応するように、現世の生身(なまみ)の男たちへの執着と欲望が薄れていった果てに、描いた彼らとともに仏による救いと再生の世界へと一気に傾いていった・・・。恣意(しい)的な推測ながら、私には彼の死への決断がそんなふうに思えてならない。
 同『薔薇族 330号』で、伊藤文学氏は、「佛画を描き君自身が佛になってしまった」と記している。
 上記遺作展には私も足を運んだ。確かな記憶はないが(もう16年以上前になる)、正直なところ、展示されていた作品に描かれた男たちに、顔をはじめもう一つ惹かれなかったために、取り立てて強く印象に残ることはなかったと思う。今更ながら、私は長谷川サダオの望ましい鑑賞者ではないことを、素直に認めるしかないようだ(!)。
 
(テルテル坊主氏は、だいぶ以前になるが、「荻崎正広コレクション ゲイ・アートの家」に一度来館していただいたことがある。ただ、その時点では上記の評論を私自身まだ知らず、僧侶だということは教えられたが、この文章については彼は語らなかった。その後、私がこの評論について知り、もしかすると作者は彼ではないかと思い、彼に電話し、判明した。そういう経緯がある)

画像画面下段の画像は、『薔薇族 増刊号 冬』(1983〈昭和58>年2月刊)から撮った。「男の銀河鉄道」と題され、同号の最初のページに見開きで、表と裏に折りたたまれる形で掲載されている。この画像は表の右側に当たっている。
 長谷川サダオが描いた数多くの男たちの顔の中で、この画像の右手の男の顔に(横顔だが)私は最も強く惹きつけられる。元の作品では彼の右下にもう一人男が描かれているが、右側の一番目立つ位置に描かれている点からも、この作品の中で、作者自身この男の顔と体が一番気に入っていたのではと私は推測する。
 (その2)でも触れたが、1983年5月に新宿二丁目のスナック「九州男」で開かれた長谷川サダオ原画展に寄せた上田 玄氏の文章が掲載されている『サムソン(SAMSON) 13号』(1983年8月号)の誌面にも、この作品が載っていることから、おそらくこの原画展でも展示されたのだろう。
 また、前々回の(その1)の四段目に載せた画像の、尻を掘っている男と似ているが、彼はこの男をもう一段男ぽくした感があって、私はより色っぽさを覚える。体は二人とも申し分がない。
 (その2)に記したように、長谷川サダオによって描かれた数多くの男たちの中で、1980年代に描かれた男たちに、私自身が一番強く惹かれることは動かないようだ。
 (その1)にも記したが、長谷川サダオにわずか二日遅れて生まれた私は、この2016年8月17日で71歳になった。すでに彼より17年近く長く生きてきた。現実の生身の男たちに惹かれ執着することは幼い頃から一向に変わることがない。80、90と更に高齢になっても、そのことだけは何も変わらない、変えられる訳がないことが、見え過ぎるくらいくっきり見える。
 長谷川サダオのような豊潤な画才を何一つ持たなかったことの埋め合わせなのかどうか(!)、寿命の果ての果てまで、一人でも多くの好みの生身の男たちの顔と体を漁(あさ)り尽くす・・・。
 性懲(こ)りもなく漁った果てに、惹かれに惹かれる男と連れ立って、それともたった一人でか、ひょっとして、この世でもなくあの世でもない、手つかずの真っ新(さら)な地に行き着くかもしれない・・・。そんな独りよがりの妄念の霧が、この先、年齢を増すごとに輪をかけて濃くなっていくことだけが、私にはごまかしようもなく見える。

(2016.8.27)
 

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
お元気ですか?
ファン
2016/12/10 14:40
ファン様
コメントありがとうございます。
うっすら記憶がある方のようですね。
もう少しコメントを書いていただくと助かるのですが・・・。
荻崎正広
2016/12/11 23:30

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