荻崎正広World

アクセスカウンタ

zoom RSS (中編小説) 陶酔する水流の歳月

<<   作成日時 : 2017/06/11 17:07   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 12 / トラックバック 0 / コメント 2

(第1回)
 よく流れる、おまえはよく流れる、という声が聞こえた。聞こえたことにした。水が流れていた。そんな声が聞こえる訳がないとあっさり片付けるより、声は耳元を通さず伝わってくることだってあるさと牧島(まきしま)は渓流に眼を向けた。流れの真ん中に近いほど濃緑色が青みを帯びていき、更に飛沫の白が溶け合っている。白く細やかな波頭が一斉に上流に向かうかのように見誤るが、位置は変わらない。
 瀬音の中から、「おまえはよく流れる」と声が立つ。聞こえる訳がないだろう、とそのつど打ち消す声はどこから流れてくるのか、その新たな声も水流の色合いと水の中に溶けていく。こんなに澄んだ渓流を前にすると、色と声が入れ替わることだってあるさ、おまえはただ俺と一つに蕩(とろ)け、どこまでも流れ続けていたいだけだ。
 対岸の山の右手の頂(いただき)に陽(ひ)があり、そこから光が伸びてくる。左手が下流だった。幾ら流れてもおまえは俺には向かわない。おまえが幾ら俺とこの渓流になりたがっても、幾ら同じ透き通った水流になっても、おまえは俺にたどり着けない。
 流れているのは牧島なのか、それとも香芝(かしば)か、それさえ聞き分けるのはたやすくはない。見ているだけでいい。聞いているだけだってかまわないくらいだ。
 見ているのは瀬音で聞いているのが流れの色だよ・・・。わざわざ言い違えても、おまえはどこへだって行けるのに、俺にだけは行けない。誰とだって流れることができるのに、俺と流れることはできない。
 香芝、よく見てくれ、眼の前の渓流は、香芝だけが流れているのではないだろう、俺だって混ざり合って流れている、どこからどこまでが香芝の水、どの辺が俺の水なんて分けられないよ。流れの中ほどが香芝で、川岸近くが俺なんて訳がないから。どこをすくってもひんやり澄んだ同じ水さ。
 言い張っても仕方ないな。もちろん俺だけの中味の空っぽな願望だよ。何十年も忘れないで、七十に手の届きそうな年まで来たのに、香芝にたどり着けない。年月だけは一人前に経ったから、その間(かん)、合わせると何度なのか、有り付いた香芝の芯にそのたびに潜り込もうとしたのに、香芝はどこにもいなかった。いるはずなのにいつも判を押したように空っぽ。俺が有り付いている最中、おまえはどこに行っていたんだ。自分の中から抜け出してどこをうろついていたのかな。俺が離れると、また戻ってきたんだな。
 雪が降りしきっていた気がする。冷え冷えと乾いた雪だった。「しつこいな」という声が牧島の真っ芯をえぐり、地面に分厚く降り積もった雪の中に牧島の総身が突き刺さった。数呼吸置き、岡原(おかはら)は離れていった。去っていく岡原に、突っ立ったまま呆(ほう)けたようにずっと眼をやった。
 それから四十年を越える歳月が過ぎた。過ぎたは過ぎたが、何か変わったのか、何一つ変わらないままか、どちらでもあり、どちらでもない気もする。変わる訳がないだろう、おまえが、という声は当たり前すぎて、声とも聞こえなかった。どちらにせよ、香芝を知るずっと以前のことだった。四十年踏みとどまったから、この先何十年だって踏みとどまっていられる気がする。そんなふてぶてしさはどこからやって来るのかまだ分からない。


(付記)
「陶酔(とうすい)する水流(すいりゅう)の歳月(さいげつ)」
2015年11月に書き終えた作品で、完成した小説作品としては私(荻崎)の最新作です。
400字の原稿用紙に換算すると、全部で62枚弱です。この長さでは一般的には短編に属するかもしれませんが、私なりの思いもあって、中編小説としました。
主語と述語の関わりそのほか、標準的な日本語の文章の形をあえて崩したり乱したりした部分もあります。
 独りよがりになって、読みづらく、分かりづらくなったとしたらご容赦ください。
読後感などお寄せいただけたらうれしく思います。
(2017.6.11)

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 12
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
壮大な展開で、時空が広がる始まり方ですね。楽しみです。
渓流の中で全裸なのだろうか想像し、例の渓流の笑顔の短髪青年を思い浮かべます。
他のシーンでの着衣の様子も想像し、その服装をイメージして読みました。
読んでほしい思われるところが、ズレていたらすみません。自分流にイメージして読ませていただきます。また、感想を書きます
G7
2017/06/14 20:36
G7様
コメントありがとうございます。
指摘されると、確かに以前私が当ブログに書いた渓流に立つ青年の情景と通じ合うところがありますね。
捉えたままを記していただけると、作者としても興味を覚えます。
荻崎正広
2017/06/15 17:09

コメントする help

ニックネーム
本 文
(中編小説) 陶酔する水流の歳月 荻崎正広World/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる