男の尻の果ての、この世の果ての、更に向こう

画像(その1)  松五郎(まつごろう)の絵とともに
男の体の中で、尻への欲念や執着が、自身の高齢(2018年1月の時点で72歳)が深まるにつれますます募(つの)り、拍車が掛かっていくような感がする。ハッテンサウナで浴室の湯船の縁(ふち)に腰を下ろしている時、ロッカー室で脱衣する後ろ姿が目に入った時など、目は男たちの尻の形姿を追っていることが断然多い。顔を別にすれば・・・。
当ブログのどこかにも以前書いたが、男根はぐいとのけ反った時でないとその真の形が分からない。その男にとってのある特別な場と時に居合わせないと、多くの場合目にできない。
一方、尻は当の男が裸の後ろ姿を晒(さら)してくれればすむ。当たり前のことながら・・・。
私の見る位置や状況によって、最初に顔を見てから尻に視線を移すこともあれば、尻の形を確認してから、顔を見ることもある。尻は真後ろから、顔は正面から見られればともに申し分ないが、そうそううまい具合にそれらを見られるとは限らない。
尻は、ぐいと両たぶが盛り上がり、その上全体が四角ぽく締まっていれば申し分ない。
よし、あの尻に有り付こうと、サウナ室や大部屋などで手を出す場面を思い巡らす。無論、必ず実現するとは限らないが・・・。
ただ、尻の形にそそられる時でも、顔形が余りに好みと遠い場合は、欲望が覚めてしまうこともある。一方、尻は好みとは異なるが、顔に強く引き付けられた場合は、少なくとも一度は、まず間違いなく手を出そうと思う。やはり、体全体の中で、顔は特別な位置を占めている。
ただ、顔も好みだし、男根の形も気に入っているという場合でも、尻の形に引かれない時は、何度か交合してもいつしか覚めていることが、(程なく覚めるだろうなと思いながら交合する場合も含め)、特に自身が高齢の度を増すにつれ多くなっているのを感じる。
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私自身の男の尻への欲情は、若い時分から相当強かったが、当時は男根への思いのほうがそれを凌駕(りょうが)していることが多かったと感じる。
男根は、多くの場合、若い時の精気の漲(みなぎ)りを、一段と隆々とした形に表す。一方、尻の形は、運動や鍛(きた)え方によっては、年を増すほうが大きくなり引き締まっていくことも少なくはないだろう。
始めから持ち味の違う両者を比較してどうと言うものではないものの(!)、男根とは一味(ひとあじ)異なる尻の奥の深さを、高齢の度が加わるごとに、私自身改めて実感している気がする。そうした意味で、この先、一段、更に一段、高齢の度を増していくことに否定的にならず、時に楽しみに思えたりする。男の尻の芯の奥の奥とその光景を、この先どこまで見極めることができるだろうと・・・。無論、健康を維持できることが大前提だが。
高齢者の度し難い妄念と居直りだという声が、自身の内からも含め、聞こえてくるものの・・・。
ハッテンサウナの大部屋の布団の上で俯(うつぶ)せた、顔も尻も気に入った男の、片方の太股(もも)を思い切りずり上げ、剥(む)き出された尻の芯の奥の奥まで舌を届かせる。その尻の芯の奥処(おくか)に、この世の果ての更に向こうの、茫(ぼう)と薄光(はっこう)に浸(ひた)された光景が広がっていく。
今、私が現にたどり着いた所であると同時に、私が最後の最後に行き着く、生死を越えた、その果てに開ける、どこにあるとも知れない所・・・。
更に奥へと陶然と舌を這わせる私の総身がしんと静まりかえる。

若い時分から、ひょっとすると十代も半(なか)ばの頃からか、欲情がもたらす快楽は、それ自体が行きどまりで完結したものなのか、それともそこを通って別の何かに到達するためのものなのか、仮にそうだとすると到達する所とはどこの何なのかという問いが、折に触れて私の心身を過(よぎ)った。(十代の頃からそういう言葉で思ったかどうかは別にしても)
どこに何があると言うんだよ、そんなものが、そんな所がある訳ないだろうという声がつきまとう中で・・・。
その問いから年齢を重ねた今でも解き放たれた訳ではないものの、色欲の極みと、生も死も越えた彼方の果ての果てにある所は、あっさり言えば同じ所ではないかという思いがじわじわ強まってくるのも感じる。この先また別の思いが寄せてくるかどうか、今はまだ分からないが・・・。
薄暗いハッテンサウナの布団の上で、存分に広げた尻の芯の奥のもうひとつ奥に這いまわす私の舌の向こうに、生と死の両方を越えた薄明りのとろりと蕩(とろ)けた光景が茫と広がり、私は今そこに横たわっている。すぐ消えてしまうさという声が待ち構えている中で・・・。
心身は一時(いっとき)しんと安らいでいる。

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画面上、中、下段の絵画はすべて松五郎作で、雑誌「さぶ」(サン出版刊)に掲載されたもの。
上段は、2001年11月号。上側になった男の尻の量感に圧倒される。側面ながら、締まりぐいと申し分なく盛り上がっている。顔も男っぽくて私の好みだ。
中段は、2000年11月号。背中から尻、尻から太股(もも)への流れにそそられる。
下段は、2001年7月号。掘られている若い男、掘っている壮年の男、どちらの顔も(中でも、男臭さと可愛げが溶け合った壮年の男の顔が)、体も尻も、どこをとっても旨(うま)そうで、エロさと精力が漲(みなぎ)っている。掘っている男の尻の全部が見られないのが惜しいが。
上段と中段は、もう何年も以前だが、確か国会図書館で複写したものを、撮った。
下段は私が所蔵している号から撮った。
松五郎作品の特色の一つに、体の所々を、光が当たっているふうに白色に抜く描き方がある。私の目には、男の総身の放つ艶(つや)と色っぽさの度を高めていると感じられ、悩ましく、効果的だ。

松五郎氏に関しては私にはほとんど知るところがない。存命されているかどうかも含め。

「荻崎正広コレクション ゲイ・アートの家」では、松五郎氏の原画を三点所蔵しています。
また、もう10年弱以前に当ブログに書いた、「アートに欲情しよう! (その6) 松五郎(まつごろう)の巻」も参照していただけたらと思います。

外は大雪が降り続く中で。

(2018.1.22)

(付記)
内藤ルネの番組
「そして"カワイイ"が生まれた~内藤ルネ 光と影~」 カワイイのルーツとは
の放送予定などは、NHK名古屋放送局のホームページに載っています。

また、伊藤文学氏のブログでも紹介されています。

更に、前回のブログ「内藤ルネ、「薔薇族」、表紙撮影」にも付記として追加しました。

(2018.1.23)


















 

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この記事へのコメント

遠方
2018年01月23日 08:11
大雪、足もと気をつけてください。

松五郎氏の絵画、股間が堪らなく熱くなる,,,
taro
2018年01月23日 17:10
いつも拝読してます。
何となく渡辺淳一作品のテーマを彷彿とさせられました。
快楽の先って何なんでしょうね。
荻崎正広
2018年01月24日 01:20
「遠方」様
松五郎氏の作品は、私も同感です。
久し振りの大雪でしたね。
荻崎正広
2018年01月24日 01:32
「taro」様
コメントありがとうございます。
拙ブログお読みいただきありがとうございます。
御指摘、面白く感じました。
まったくというくらい読んだことのない作家でしたが、少し興味がわきました。

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