日本の男たちの尻をさかのぼるーその蕩(とろ)けと安らぎ

画像(その3) 江戸時代の絵画の中の、吸い寄せられる尻
(後半) 横山華山(よこやま・かざん)が描く尻

「横山華山 KAZAN A Superb Imagination at Work」と題された展覧会を、もう4ヵ月弱以前になるが、2018.11.10(土)に、東京ステーションギャラリーで観た。翌日には会期が終了するという危(あや)うい日だった。
(ちなみに、 Superbは、すばらしい、壮大な、優美な、などの意)
この展覧会が行われていることはかなり前から知っていたものの、まったくというくらい知らない画家だったこともあり、取り立てて観に行こうとは思わなかった。それが、観に行った日の二、三日前だったか、確か購読している新聞の記事を見た画像ことがきっかけで、上記ギャラリーのホームページを見た。そこに載っていたのが、左一段目と二段目に載せた作品だった。(同一の作品。一段目の画像は、人物の部分を拡大しています。二段目の画像も、元の作品の全体ではありません)
えっ、この作品が展示されているのか、会期が終わる寸前だ、危なかったな、気づいてよかった、とまず思った。
ただ、ホームページをよく見ると、各作品の展示期間が前期と後期に分かれていた。一瞬「えっ」と思ったが、幸いなことに、この作品は後期も展示されていることが分かった。芯(しん)からほっとした。加えて、数多い展示作品の中から、この作品をホームページに載せてくれたギャラリー側の担当者に感謝した。
(仮に画像が載っていなかった場合でも、出品リストには「夕顔棚納涼図」と題されて載っていたので、これに目が行ったら、間違いなく観に行っていただろう。ただ、果たして私(荻崎)がそれに気づくほどページをていねいに見たかどうか)
四段目に載せた「紅花図屏風」も載っていたが(当画像とは別の部分が)、前期のみの展示ですでに終わっていた。
更に、五段目に載せた「祇園祭礼図巻」が載っていたが(別の画像だったが)、これは前期、後期通しての展示だった。このタイトルに惹かれたこともあって、仮に、「夕顔棚納涼図」の展示が終わっていたとしても、おもにこの作品を観るために多分当展に足を運んでいた気がするが、確かな記憶はない。いずれにしても、「夕顔棚納涼図」を現に目にできたのは、好運だった。
 
 そうした私一個の経緯(いきさつ)はともかく、本展で購入した図録も含め、私にとっては未知の画家だった横山華山についておおよそを知ることができた。
生まれた年については、安永10(天明元)(1781)年と天明4(1784)年の二つの説があるようだ。亡くなったのは、天保8(1837)年。京都で画家生活を送った。
前回の(その2)(前半)「広重作品の中の尻」で取り上げた歌川広重、渓斎英泉、葛飾北斎などとほぼ同時代の、江戸時代後期の画家だ。
上記「夕顔棚納涼図」の描かれた年は不明だが、図録の解説によると、青年期に描かれたであろうとのこと。
「夕顔棚納涼図」と題された作品は何人かの画家によって描かれている。
私は以前(もう9年弱経つが)、当ブログに、『久隅守景「納涼図」幻想』を載せたが、この「納涼図」は、やはり「夕顔棚納涼図」とも呼ばれている。(三段目の画像) 
画像久隅守景(くすみ・もりかげ)は生没年は未詳だが、江戸時代前期の画家なので、三段目のこの「納涼図」のほうが描かれたのは早い。
そのブログでも書いたが、久隅守景の「納涼図」の中の男も、元々の作品では、一段目、二段目の「夕顔棚納涼図」の中の男と同様、褌(ふんどし)を締め、尻をむき出しにして涼んでいただろうと私は考える。それがこの時代の日本の男たちの納涼のごく自然な姿だっただろう。
一段目の男の尻と同様、むしろ男が羽織った襦袢(じゅばん)の腰や尻のあたりの様子からは、更に一まわり盛り上がっていたかもしれない・・・。それはともかく、横山華山が描いた一段目の男の尻も、日々の仕事もあずかっているのだろう(鍬(くわ)も描かれている)、締まって厚めのいい形に盛り上がり、見映えがする。白い太めの褌がその尻をきりりと、しかもしっとり引き締めている。
その左右の尻たぶを両手でぐっと抑えると、誘(さそ)い込みつつ、力強く弾(はじ)き返すだろう。私が足繫く訪れるハッテン・サウナでも、あるいはそれとは異なる場所(場面)でも、時折これとよく似た形の尻に出くわすことがあり、何十年もの間には、何度かじっくり心行くまで味わうことができた気がする・・・。
顔は、渋い男ぽさも含め、久隅守景の「納涼図」の男の方に、私はより惹かれる。

(横山華山作「夕顔棚納涼図」は、大英博物館所蔵)

当横山華山展は宮城展(2019年4月から6月にかけて)、京都展(2019年7月から8月にかけて)と巡回するようだ。ただ、これらの展覧会で本作が展示されるかどうか確認してはいない。いずれにせよ、本国の日本に再びやってくるのは、また何年か先のことだろう。
画像四段目の画像は、横山華山作「紅花屏風」(六曲一双)(山形美術館蔵)の右隻(うせき)の一部。ただ、本屏風は前期のみの展示だったために、残念ながら私は本作品を目にすることはできなかった。図録から私が一番惹かれた場面を撮った。
中でも、画面左下の、右足を桶(おけ)に入れている人物と、画面真ん中あたりの、向こう向きでしゃがんでいる人物に惹かれる。ともに褌姿。(小さくて見えにくく、恐縮です)
「紅花屏風」(六曲一双)は、右隻は文政6(1823)年作、左隻は文政8(1825)年作。本作品の制作のために、作者華山は紅花の産地である北関東や東北地方を巡る取材旅行をしているとのこと。また、当右隻は、断言はできないが、武州(ぶしゅう)紅花の産地であった、現在の埼玉県上尾市や桶川市を中心とした紅花生産の様子だろうとのことだ。(武州は武蔵国)
労働の場面だが、男たちの褌姿がふんだんに見える。暑い時期なのだろう。この時代の日本の男たちのごく日常的なありふれた姿だっのだ。汚れても洗うのが楽だっただろう(!)。やはり、褌は日本の男たちの体を引き立て、よく映える。
(本屏風は、華山が住む京都の紅花問屋から依頼されて描いたとのこと)

画像五段目の画像は、横山華山作「祇園祭礼図巻」下巻の一場面。本図巻上下二巻は天保6から8(1835~1837)年にかけて描かれたとのこと。華山最晩年の集大成となる大作。作者が暮らす京都の祇園祭を描いていて、歴史的資料としても、重要とのことだ。
本作品は前期後期通しての展示だったので、幸い実物を見ることができた。
上下二巻を合わせると、30メートルにもなるとのことで、会場に延々と(!)と、展示されていた。
当画像は、下巻の一場面。左下の、褌を締め、斜め上に顔を向けている人物に私は惹かれた。(当画像では見えにくくて恐縮です)
祇園祭ということで、褌姿の男たちが数えきれないほど登場している。四段目の紅花作業中の男たちの褌姿とはおのずから異なり、晴れの場の躍動感や高揚感に包まれている。両方とも捨てがたい。
(なお、本図巻は図録に所蔵について記されていないところから、個人蔵だと思われる)

上述したが、当の横山華山という画家を私はこれまでまったくというくらい知らなかった。姓や名が、渡辺崋山(寛政5(1793)年~天保12(1841)年)や横山大観(明治1(1868)年~昭和33(1958)年)と重なる点でも、割(わり)を食っていたかもしれない。中でも、高名な渡辺崋山は同じ画家で、しかもほぼ同時代人だ。
(ちなみに、横山華山の場合は「華」、渡辺崋山の場合は「崋」と、文字が使い分けられることが多いようだ)
ただ、図録の解説によると、近代になっても、明治から大正時代にかけては、相応に知られた画家だったようだ。
例えば、夏目漱石(慶応3(1867)年~大正5(1916)年)の『坊っちゃん』(明治39(1906)年)や『永日小品』(明治42(1909)年)の中で言及されているとのこと。
何十年ぶりかで、『坊っちゃん』を再読した。
主人公「坊っちゃん」の下宿先の骨董を商っている亭主が、「坊っちゃん」に絵を買うように勧める場面。
「・・・今度は華山(かざん)とか何とか云う男の花鳥の掛物をもって来た。・・・華山には二人ある、一人は何とか華山で、一人は何とか華山ですが、この幅(ふく)はその何とか華山の方だと、・・・」
亭主が勧めたのは、本図録でも指摘されているが、花鳥画というところからも、横山華山の絵のようだ。この当時、横山華山が地方の骨董商にも知られていたことがわかる。
(ちなみに、今回の展覧会でも花鳥画が何点か展示されていた)
(また、今回、私が読んだ『坊っちゃん』のテキストでは両者とも、「華」の字が用いられている)
深い霧が立ち籠(こ)めたような私の記憶の中に、誰の何という作品とも判別できないながら、「華山」の名がごく薄っすら残っていたようにも感じられるのは、この場面からだったようだ。
一方、『永日小品』を読むのは多分今回が初めてではないかと思う。基本的には、随筆集のようだ。「山鳥」という題がついている中の、ある青年が、一幅(いっぷく)の掛け軸を持ってきた場面。
「・・・印譜(いんぷ)をしらべて見ると、渡辺崋山にも横山華山にも似寄った落款(らっかん)がない。・・・」と書かれている。
(ちなみに、このテキストでは、「崋」と「華」が使い分けられている)

二人の「華(崋)山」の件からは離れるが、『坊っちゃん』の二章の書き出しの文章が、今回、強く印象に残った。
「ぶうと云って汽船がとまると、艀(はしけ)が岸を離れて、漕(こ)ぎ寄せて来た。船頭は真っ裸に赤ふんどしをしめている。野蛮な所だ。尤(もっと)も此(この)熱さでは着物はきられまい。」
赤ふんどしの船頭の姿が私にはことのほか色っぽく映る。顔や尻の形、年齢など丸切り分からないながらも・・・。73才に達した今の私には、再読した『坊っちゃん』の全登場人物の中で、彼が一番いとおしく感じられる。
何十年か以前、初めて読んだとき、この個所について何か感じたかどうか、何の記憶もないが・・・。
(ちなみに、艀(はしけ)は、陸と停泊中の本船との間を、乗客や貨物を乗せて運ぶ船。艀船)(広辞苑参照)
主人公の目に「野蛮」と映ったのは、作者夏目漱石を含め、明治期の文明開化の時代の見方がなにがしか反映しているかもしれない。欧米の文化や風習に対比して、伝統的な日本のそれらを恥ずかしく劣ったものと考えるといった。

画像それはともかく、当ブログ前回「広重作品の中の尻」に載せた、三段目左の画像の中の、一番左の、やはり赤みを帯びた褌を締め、竿(さお)を握っている男と上記の船頭が、私の中でどこかしら重なる。(左画像参照)
広重作品は川(淀川)、『坊っちゃん』の中では海であることを始め、様々に異なるものの。江戸から明治へと時代は移っても、殊(こと)に地方ではかつての風習がまだ残されているという面もあったのだろう。

長くなってしまった。最後にもう一言。前回の歌川広重作品の中の男たちは、尻や体全体を含め、仕事の最中であれどこかしらしっとりと静やかであるのに対し、今回の横山華山の作品の中の男たちは、尻や総身をはじめ、活発で生きがいい。
ともに心(しん)からいとおしく感じられる。
ただ、湛(たた)えている色情の深さという点では、私は広重作品の方に傾く。

(付記)
次回は、最終回として、江戸時代より更にさかのぼった作品について書く予定です。

(2019.3.2)

























































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この記事へのコメント

プリけつ好き
2019年04月17日 00:53
左一段目の男性は、体のバランスがいいですね。
拡大して見ると、無駄のない肉づきが男盛りに見えます。
ふんどしの締め方も、日常的で慣れた感じがします。
そして漱石の「坊ちゃん」に、船頭が真っ裸に赤ふんどしをしめているとの記述があったとは、気づきませんでした。明治の風俗を感じます。読み直してみます。
荻崎正広
2019年04月19日 02:07
「プリけつ好き」様
コメントありがとうございます。
体つきやふんどしなどをじっくりていねいに見ていて、感心しました。
雄尻大好き
2019年05月17日 21:30
お元気~?
荻崎正広
2019年05月18日 12:50
「雄尻大好き」様
コメントありがとうございます。
元気です(まずまず)。
だいぶ間が空きましたが、(その4)(最終回)を、やっと書き始めたところです。
まだかなりかかりそうですが…。

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