日本の男たちの尻をさかのぼるーその蕩(とろ)けと安らぎ《補遺》

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葛飾北斎と歌川広重、更に歌川国芳

昨年(2019年)の12月上旬、都内の駒込にある東洋文庫で、葛飾北斎展を観た。とは言え、初めからこの展覧会を見ようとして足を運んだわけではなく、いわば成り行きからだった。
この日の午後、駒込駅に近い六義園(りくぎえん)で紅葉を見終えて正門を出ると、園を囲む塀に、この展覧会の案内が掲示されているのが目に入った。この園の入場券を示すと割引されるともあった。東洋文庫にはこれまでにも二、三度行ったことがあった。六義園とごく近かった。行くかどうか、少し迷った。この日は、これから駒込駅に近いハッテンサウナに行くつもりだった。ハッテンサウナに行こうとする時はいつもそう思うが、できるだけ早く入館したかった。たとえば、入館して、ロッカー室で脱衣している時、ふっと見ると、好みの男が早くも帰り支度をしている・・・。
また、その日一度目の浴室に行き、目に入った、顔にも尻の形にも惹(ひ)かれる男が、すぐに浴室を出ていく。後を追うようにロッカー室に行くと、その男はすでに着替え始め、帰ろうとしている・・・。そうした場面を何度となく経験していることもあり、少しでも早く入館したいと思うのが常のことだった。
逆に、私が退館しようとしている時に、心惹(ひ)かれる男が入館してくるという場面もあるが、なぜか前者の場合に比べれは、少なかった。後者の場合は、時には自身の退館を遅らせることもできることがあるからかもしれない。
話がそれてしまったが、この日は、結局まず東洋文庫に行くことにした。さっと見て出よう・・・。当ブログの同じ表題の(その2)の「(前半)広重作品の中の尻」の中で、葛飾北斎(かつしか・ほくさい)(1760《宝暦10》年~1849《嘉永2》年)について触れていることもあり、やはり見ておきたかった。
比較的小規模の展示だつた。当館らしい渋い作品群をさっと見終え、売店に行くと、文庫本の「北斎漫画」(Ⅰ,2,3)が置かれていた。この中のⅠはすでに持っていて、3は持っていないことは分かっていたが、2を持っていたかどうか不確かだった。(上記ブログで「北斎漫画」についても言及しているにもかかわらず(!))。家で確認してから、もう一度来て買おうと考えた。ともあれ、この機会に全冊そろえようと思った。帰宅してから確認すると、Ⅰしか所持していなかったので、二週間後の同じ曜日に、再び同文庫を訪れ、2,3を購入した。
思い出すと、もう何年も以前、原宿駅に近い太田記念美術館の売店で、Ⅰを購入した。2,3も同時に見たが、さほど心惹(ひ)かれる(端的に言うと、色情をそそられる男たちの尻と顔)作品が載っていなかったので、相応に高価なこともあり、購入を見送った。
「北斎漫画」(Ⅰ 江戸百態  2 森羅万象 3 奇想天外)(青幻舎刊 Ⅰの初版は2010年12月発行。私(荻崎)が所持しているのはすべて後の版)
Ⅰ、2、3とも永田生慈(ながた・せいじ)が解説を書き、更に、Ⅰには会田誠(あいだ・まこと)、2にはしりあがり寿(ことぶき)、3には横尾忠則(よこお・ただのり)の各氏が文章を寄せている。
永田生慈(1951~2018)(ウィキペディアによる)は浮世絵研究家で、ことに北斎研究の第一人者(Ⅰの序)と言われているようだ。
Ⅰの解説には、「『北斎漫画』は、「漫画」といっても、現代でいう コミックや劇画とは違います。江戸時代に「漫画」と言えば、「漫然と描く=筆のおもむくままに描く」という意味でした」と書かれている。同じくⅠの解説に、「文化11(1814)年にこの永楽屋(えいらくや)(名古屋の版元・・・荻崎注)から『北斎漫画』初編が出版されています」とある。

私が本ブログ《補遺》を書こうとした直接のきっかけは、2の永田氏の解説の中の、次の文章を読んだことだった。
「北斎より少し遅れて活躍し始めた歌川広重(うたがわ・ひろしげ)[1797-1858]もたくさん名所絵を描いています。しかし広重も決して旅をして実際の景観を見ていたのではなく、入手できる絵手本や名所図を参考にして描いていたと考えられます。なかでも『北斎漫画』は多くの絵描きの参考や手本となり、風景や名所の図は使われていました」
上記(その2)の「(前半)広重作品の中の尻」の中で、私は、「京都名所 淀川」に関連して、次のように書いた。
「この本(『原色日本の美術17 浮世絵』小学館 昭和50《1975》年刊・・・荻崎注)の説明によると、「東海道五十三次」(保永堂版)制作のため、江戸生まれの広重が始めて京都に行った時に写生したものがもとになっているとのことだ」
同じく、(その2)で「木曽街道六十九次」に関連し、「広重は実際に木曽街道を旅し、その際に「木曽路写生帖」(大英博物館所蔵)を描いたようだ」(『浮世絵体系15 木曽街道六拾九次』(昭和51《1976》年 集英社刊)に寄る)
私が上記「北斎漫画」2の永田氏の解説を初めて読んだ時、最初に思ったのは、「あれ、広重には実際に旅をして、描いている作品もあるよ。浮世絵研究者なのに、どうしたのかな。北斎については詳しくても、広重についてはそうでもないのかな。研究者でも何でもない、この私でさえ見た本の中に書かれているのに・・・」というものだった。
2の解説は、インタビューふうな、問いに答える形なので、やや実際より誇張されるという面もあったかもしれないが、私としては、腑(ふ)に落ちなかった。永田氏が指摘するように、広重も当時の画家たちの様々な絵手本や名所図を参考にし、中でも、北斎より37年後に生まれている広重が、17才の時に初編が刊行され始めたことになる『北斎漫画』から大きな影響を受けているだろうと私も推測する。その点に関しては何の異論もないが、現在とは比べものにならないほど難儀だっただろう旅をして、その中から生まれた作品も広重が残していることを私なりに指摘しておこう。

最上段の画像は、「北斎漫画」ⅠのP.165に載る画像で、第2章「日常茶飯」の中の1点。いくつかの農作業の場面が描かれている。一番下で馬を引く男の尻と、右上の二人の男たちの尻にそれぞれ味わいがある。
農作業中の場面という点で、当ブログ同じ表題の「(その3)の(後半)横山崋山(よこやま・かざん)が描く尻」の中の、四段目の画像「紅花屏風」と共通している。

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北斎新4.JPG二段目の画像は、同じくⅠのP.174に載る画像。第3章「動態活写」の中の1点。褌姿の男たちの軽やかで伸びやかな動きが描かれている。最上段の、左から二番目と三番目の尻が色っぽい。






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三段目の画像は、やはりⅠのP.184に載っている。二段目の画像と同じ、第3章「動態活写」の中の1点。
左下の、仰向いて両足を上げた格好の壮年の男。褌によって分けられ、一段とむき出しになった感のある、四角ぽい両の尻たぶがそそりにそそる・・・。右腕のために分かりにくいが、顔も質朴そうでしかも愛嬌がある。

「北斎漫画」2、3にも、男たちの尻がわずかだが載っているものの、私にとってはそそられる作品は見当たらない。ただ、2のP.276,277の「波浪流水」の章に、Ⅰの「日常茶飯」の章に乗るものと同じ作品(P.171,172)が載っている。本ブログには画像として載せていないが、褌をした男たちの(中には全裸も)、なかなか味わいのある様々な姿態があふれている。

上記(その2)の「(前半)広重作品の中の尻」の中で、私は次のように書いた。
広重や英泉とほぼ同時代の葛飾北斎の作品にも、褌姿の男たちは数多く描かれているが(北斎漫画も含め)、「渋さ」は分かるものの、今号で取り上げた広重作品ほどは、艶(つや)や色情を私は覚えない。(私が目にしたことのある作品の中では)。
もっとも、広重作品の中の褌姿の男たちにも、取り立ててそうしてた思いを抱(いだ)かない作品も少なくはないが・・・。
(中略)広重作品は名品ほど、人物(裸、着衣を問わず)と風景が静かに深く交合している、そんな感を私は抱(いだ)く。

今回、当ブログを書くにあたって、改めて「北斎漫画」、中でも、男たちの裸の姿があふれている(褌姿だけでなく)、Ⅰにじっくり目を通した。
北斎の、取り分け市井(しせい)の人々に寄せる関心や共感の思いがよく伝わってくる、と思う。数多くの褌姿の男たちの様々な姿態からも、人間の体の形態や動き自体に対する興味とともに、そういう姿で日々を過ごしているあるがままの人間に対する、哀惜(あいせき)や労(いたわ)りの念が伝わってくる。
広重作品の幾つかに私が覚える、深く吸い寄せられるような、しっとりした情感や色情は覚えないながら、北斎の、人間自体に寄せる興味や共感に裏打ちされた、時には諧謔(かいぎゃく)の念も込めた、幅と奥行きのある思いを私は感じ取った。

北斎6.JPG
四段目の画像は、歌川国芳(うたがわ・くによし)(1797《寛政9》年~1861《文久1》年)の、「欠留人物更紗(あくびどめじんぶつさらさ) 十四人のからだにて三十五人にミゆる」(大判錦絵) 天保10~13年(1839~42)。
(ちなみに広重と国芳は同年生まれ。国芳の方が、3年ほど長生きしたことになる)
今年(2020年)1月中旬、両国駅に近い、江戸東京博物館で観た「大浮世絵展 歌麿、写楽、北斎、広重、国芳 夢の競演」の会場で購入した図録から撮った。
土曜日だったこともあり、会場は私の予想をはるかに越える混雑だった。大半はすでに一度は見たことがある(そんな気がした)(実物にしろ、画集などにしろ)作品だったので、さっと回ったが、確か最後に近い辺りに展示されていたこの作品に、私は一番目を奪われた。褌姿の数え切れないほどの男たちが、ひしめき絡み合っている・・・。
えっ、こういう浮世絵作品もあったんだと、ひどく驚かされた。私には初めて目にする作品だった。(それとも、私が忘れてしまっただけで、はるか以前、実物なり、画集なりで、一度は見たことがあるのかどうか・・・)ともかく目を奪われた。
会場の出口に売店があり、図録が置かれていたことにまずほっとし、開くとこの作品が載っていたことに更にほっとした。かなりの価格だったものの、ためらうことなく購入した。
図録の解説には「褌(ふんどし)や腹掛(はらが)けだけの男たちが、複雑に絡み合っている。題名の「欠留」は、これを子細に見ていると眠気が覚まされるという意味であろう。(中略)本図のような場合は「一体多頭図」ということになろうか」と記されている。
画像では分かりにくいと思うが、例えば、一人の男の臀部(でんぶ)が、別の男の臀部にもなっているという風にして、数多くの裸の男たちがつながり、絡み合い、ひしめき合っている図だ。
ごく率直な目(!)で見ても、一見、男たちの乱交図のように見える。私が訪れる幾つかのハッテンサウナの大部屋でも、さすがにここまで大人数の絡み合いは目にしたことがないが(!)。とにかく、旨(うま)そうな尻がいっぱいだ。
それにしても、江戸時代の浮世絵の中には途轍(とてつ)もなく不思議な作品があるものだと、ただただ感嘆するしかない。
図録の解説によると、当作品は戯画に属するだろう。確かに図録の本作品をていねいに見ると、男たちの手が他の男の鼻や歯などに掛かっていたり、足が頭に乗っていたりなども含め、性的な交合をしているとはあまり見えないが・・・。
それはともかく、私の目には、量感に富んだ色っぽい尻があふれているのは間違いない。
図録や出品リストでは、歌川国芳の作品のみ所蔵先が空欄になっているが、個人コレクターの作品だからのようだ。

国芳.JPG
実は、上記の「欠留人物更紗」、もしかすると、私が所蔵している「原色日本の美術 17  浮世絵」(小学館 1968年 私が所蔵しているのは、1975年版)「同 24  風俗画と浮世絵師」( 1971年 私が所蔵しているのは、1975年版)の中に載っていたかな、自分がすっかり忘れてしまっただけで、と当ブログを書いている最中に思い、改めて開いてみた。両冊とも歌川国芳の作品が載っているが、この作品はさすがに載っていなかった。
急遽(きゅうきょ)載せることにした五段目の画像は、上記24巻に載っている作品。
「東都御厩川岸之図」(横大判錦絵)。ふりがなはないが、何と読んだのか。「厩」は「うまや」だろう。(とうとみ(お)うまやがわきしのず)(~み(お)うまやかがんのず)などか。解説によると、天保2(1831)年ころ描かれたようだ。(この作品は当画集で以前目にした記憶が薄っすら残っていたが)

「相合傘から脚が六本蛸のようにのぞいているのも国芳らしい機智である」と解説に書かれている。
確かに、上記「欠留人物更紗・・・」の中の、絡み、重なる男たちの足の感じに通じるものがあるようだ。
私は(言わなくても分かるよという声が聞こえてきそうだが)、一番左の男のむき出しの尻に何と言っても引き付けられる。
両の尻たぶが筋肉質で量感がある上に、どこかしっとりと和らいでている。(画像では分かりにくく恐縮です)
男の尻の最上質の部類の一つだろう。私が訪れる幾つかのハッテンサウナでも、時折、こうした尻を目にすることができる。私は間違いなく手を出す。結果はともかく。とは言え、顔があまりに私の好みとかけ離れているときは難しい判断になるが・・・。
上記当ブログの(その2)の「(前半)広重作品の中の尻」の中で、七番目と八番目に載せた画像「須原」の一番手前の男の尻と似通うものが感じられる。この国芳の描いた尻のほうがより締まって筋肉質だ。ともあれ、歌川国芳は、時にこの世を裏返しにしてしまう風な不思議な画家だ。

(追記)
上記「東都御厩川岸之図」の読み方だが、「とうとおんまやがしのず」だった。
これも上記「大浮世絵展 歌麿、写楽、北斎、広重、国芳 夢の競演」という図録の中に、葛飾北斎の「富嶽三十六景 御厩川岸より両国橋夕陽見」が載っていて、作品解説に「・・・おんまやがしよりりょうごくばしせきようをみる」とふりがなが振られている。(ふりがながあるのは、本当にありがたい)
実は、2月5日(2020年)に、太田記念美術館に行き、「肉筆浮世絵名品展ー歌麿・北斎・応為」を観た。
2020.1.28(火)の朝日新聞の夕刊に、葛飾応為(かつしか・おうい)(北斎の三女)の「𠮷原格子先之図」が載っていて、前から機会があれば見たいと思っていたこともあって、当館を訪れた。
見終えて、当館の売店で、応為のこの作品と、北斎の上記「富嶽三十六景 御厩川岸より両国橋夕陽見」(以前から何度となく目にしたことのある、しんみりとした哀感が漂い、船頭の褌姿も含め、気に入った作品の作品の一つだったが、題名は私の頭から離れていた)の絵葉書を買った。
そうか、タイトルの川の名前が同じかと気づいた。上記、江戸東京博物館の図録にもこの作品が載っていたかなと改めて見ると、うれしいことに、載っていてふりがなが振られていて判明した、という経緯があった。
いずれにしても、私の知識不足ですね。(2020.2.6)

(更なる追記)
上記の(追記)で書き落してしまった。
上記の図録の作品解説には、御厩川岸に関連して、次のように書かれている。
「隅田川(すみだがわ)の渡し船の一つ御厩(おんまや)の渡しを描く。御厩の渡しは、両国橋に近い隅田川の渡しで、対岸の現在の蔵前へと向かう」(2020.2.6)

(付記)
間(ま)が空きに空き、8カ月ぶりくらいの更新になりました。
とっくに忘れられてしまっているよという声も聞こえて来そうですね。
当ウェブリブログの書式などががらりと変わったことで、面食らったという面もあります。
まだよく分からない点も多いのですが・・・。
ともかく、これからも少しずつ書いていこうと考えています。
気長にお付き合いいただけたら幸いです。
(2020.2.5)





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